Index Top 第4章 物語は急展開する |
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第4節 再び現われた使者 |
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「どういう原理で、自分の体積を超える量を食べられるんだ? 君は――」 アルテルフの屋敷の二階廊下を歩きながら、一矢は肩に乗ったテイルを見やった。 テイルは曖昧な笑みを浮かべながら、 「何でかしらねぇ? ハハハ……」 「それ以前に、人の夕食を全部食べるな」 告げてから、一矢は右手に持った明かりを上げた。カンテラの中に魔法で作った光明が入っている。廊下は暗く、静まり返っていた。比喩抜きで幽霊でもでそうである。この世界には幽霊もいるかもしれない。 歩いているうちに、廊下の端までやってきた。 アルテルフに泊まるように言われたのは、この部屋である。シギとメモリアは、一矢が新しい夕食を作って食べているうちに、別の部屋で先に寝てしまった。 「まったく、これから僕はどうすればいいんだ……」 「あなたから鋼の書を取ったら、何も残らないしね――」 「………」 自分の無力感を痛感しながら、扉を開けると―― 「お待ちしていました。書上一矢殿」 脈絡もなく、部屋の奥に一人の男が立っていた。 息が止まる。 体格は標準だろう。年は分からない。若いようにも見えるし、老けているようにも見える。ぴしっとした黒い服を身にまとい、黒い帽子をかぶっていた。一矢が持ったカンテラの明かりに照らされ、不思議な陰影を見せている。見忘れることのないその容姿。 「あなた――」 「小説の使者……!」 テイルと一矢がともに声を上げる。しかし、使者はかぶりを振って、 「小説の使者という名前は、あなたに会うための、いわば肩書きです。私の名前は……そうですね、ノヴェルとでも言いますか。以後お見知りおきを」 「そんなことより、あなたどこで何してたのよ!」 詰問するように叫びながら、テイルがノヴェルの目の前へと飛んでいく。 その反応に、気の抜けた口調で一矢は問いかけた。 「知り合いなのか?」 「初めて会うけど、そうよ。あたしはあなたを案内するのが仕事、こいつはあなたを助けるのが仕事。だけど、今まで姿も見せないで、何やってたのよ!」 テイルが迫ると、ノヴェルは飄々とした態度で答えた 「遊んでいたわけではありませんよ。私は、この世界にクオーツ研究所とハドロを作り出し、彼にあなたたちの居場所と鋼の書の存在を教えました」 「待て! それじゃあ、お前がこの騒ぎの元凶なのか!」 一矢はカンテラを落とし、咄嗟に腰の刀に手をかけた。 しかし、ノヴェルは何事もなかったように微笑むと、 「あなたは忘れていませんか……? ここはあなたのいるべき現実世界ではありません。鋼の書によって作られた、物語の世界なんですよ。君が現実世界に戻るためには、この物語を完結させなければなりません」 「………」 一矢は刀から手を放した。ノヴェルの言葉が胸に突き刺さる。この世界にいた時間が長かったせいで、ここが本物の現実と錯覚しかけていた。しかし、自分はここの人間ではない。物語を完成させて、現実世界に戻らなければならないのだ。 「だけど、何でクオーツ研究所やハドロを作ったんだ?」 ノヴェルはテイルを手で払いのけ、大仰に両腕を広げると、 「もう一度言いましょう。この世界は、物語です。物語は面白くなくてはなりません。小説家を目指すあなたなら、このことは分かりますね?」 「あ、ああ――」 「それに、物語は基本的に人と人とを結ぶ線によって成り立ちます。それが少なければ、物語は進みません。これも分かりますね?」 「何が、言いたいんだ?」 一矢はとうとう訊き返した。ノヴェルの言っていることは分かる。小説を書くために、当たり前のことだ。しかし、何が言いたいかは分からない。 「では、答えましょう」 |
12/3/18 |