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第5節 妖しいお誘い |
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獣化の秘術。 慎一は高度な術のように考えていたが、実はそれほど高度でもない。しかし、発動には危険を伴うため、一定の技能を持つ者以外使うことを禁止されている。 「あー。気持ち悪い」 人気のない裏通り。結奈は魔剣を担いで歩いていた。土埃の匂いが鼻をくすぐる。 五分にも満たない術の使用時間。だが、影響は如実に表れていた。自分が自分でないような不安。地面を歩いているのに、その現実味が薄い。 自我の喪失。自我を持たない獣との融合――その代償であり、禁止さている一番の理由だった。強靱な自意識を持っていないと、自我を喰われて心を失ってしまう。 「自信あったんだけど、へこむなぁ」 自我の強さは自負していたが、思いの外心を喰われている。 幸いにして、完全に自我を失っていなければ、数時間から数日で元に戻る。影獣の使役にいくらか支障が出るが、それは仕方がない。 「おい。結奈」 かけられた声に、結奈は足を止めた。カツという音。 近くの壁に寄りかかっている女。腕組みをして、結奈を見つめている。驚くことでもない。そろそろ来る頃だとは思っていた。 「リリル。遅かったわね」 「前置きはいいから、剣返せ」 「そうね。ありがと、色々と助かったわ」 結奈は魔剣を放り投げた。 飛んできた魔剣を掴み、リリルはそれを眺める。剣身の曇りや刃先に金色の瞳を向けていた。指先をそっと刃先をなぞっている。 「刃毀れしてないだろうな?」 「あいつは破魔刀造りの家系だから、刃物は大事に扱うわよ」 「二本折ってるだろ……」 両手を広げた結奈に、リリルが冷たく答える。 自分の破魔刀と宗次郎の破魔刀。二本とも感慨すらなく砕いていた。破魔刀は所詮は武器である。消耗品であることも否めない。それはそれとして。 「さっきの戦い見てたの?」 「まあな。元雇い主がどうなるか興味あったし。アタシの剣が折られないか心配だったしな。見たところ傷もないようだけど」 くるりと手首を回し、魔剣を消す。音も光もなく、どこかへと転移した。自分の近くに仮の収納空間を作るような魔法だろう。魔法式を読むのは難しい。 「なら話は早いわ」 結奈はぱんと手を打ち合わせた。すすすとリリルに近づきながら、 「あたしと組まない?」 「はぁ?」 呆れ声。間の抜けた表情。斜めに曲がる尻尾。 だが、結奈は真顔で言った。 「あたしと一緒に空刹を倒すのよ」 「ははは……」 リリルは笑った。呆れを通り越して滑稽に映ったのだろう。 「正気か、お前? あのソラに勝てるわけないだろ。今まで何人大物殺してると思ってるんだ? 見ただろ、あの力を。アタシらが束になっても勝てる相手じゃない」 「そうねぇ。でも馬鹿正直に戦う必要はないわよね? あいつは強いけど、いや強すぎるから敢えて相手の土俵で戦うのよ。だから、『負けた』と思わせれば、それだけで勝ち。ありがたいことに慎一が特攻してくれるしね。それにタダでとは言わないわ……」 結奈はリリルの肩に手を回し、妖しく微笑んだ。 |