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第8節 撤収 |
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「光よ!」 赤い光が撃ち出され、影の道を砕く。 だが、結奈は別の地点へと飛び移っていた。瞬身の術とともに、張り巡らされた影の道を移動する。軽業師のような身のこなし。 もっとも。 (そんなに保たないわね。気抜いたら意識飛ぶわ) 結界の効果は確実に現れていた。意識が削られていく。ほどなく気を失い動けなくなるだろう。あちこちで止まっていた妖や神のように。 「ここまで強くなった結界の中で、よくそんなに動けるな。守護十家の人間ってのは飾りじゃないってことか。刃よ――!」 放たれる魔力の刃、結奈は影を飛ばして迎撃する。 リリルも結界のことを十分に理解していた。攻撃は仕掛けても、踏み込んではこない。逆に結奈が踏み込んでも逃げてしまう。 「空刹、さっさと結界なんとかしなさい!」 結奈は叫んだ。 応えるように、硬い音が響く。石を割るような音。だが、思いの外小さい。 振り向くと、空刹が屋上のコンクリートを斬っていた。石盤のある部分を切り出すように、きれいな正方形に。コンクリートに大剣を突き立てる。 「させるか!」 リリルが右手を突き出し魔法力を集中させた。妨害する気だろう。 結奈は影を蹴った。神速の術で、リリルの眼前まで飛び出す。空刹は石盤を破壊する気になった。もう大丈夫だろう。駄目ならそれまでである。 「それはこっちの台詞!」 「防げるか? 死ぬぞ」 視線で告げてくるリリル。結奈ごと空刹を貫通するような魔法式。通常時ならぎりぎり防げただろうが、今の失神寸前では止められない。自分の手札ならば。 「これ返すわ」 結奈は右手を突き出す。右腕から現れる影獣。その口が開き、十字剣を撃ち出すように吐き出した。リリルの魔剣。赤い剣身が、魔法式ごとリリルの右手を貫く。 「ッ! 馬鹿か、お前!」 「飛べ」 リリルの声と空刹の声が重なった。 重力操作の術によって、石盤が上空へと吹っ飛んでいく。衝撃で爆発するかもしれない危険な方法だが、他に選択肢はない。幸いにして、石盤は爆発せず、遙か上空まで飛んでいく。あとは術で破壊し、爆発させるだけ。 会心の笑みとともに、その結果を受け止め―― 暴発した魔法が、リリルと結奈を吹き飛ばした。 下腹に響くような爆発音。結界の効果が消える。 それに気づかず――気づいたが、気にも留めず慎一が踏み込んでくる。撃ち出される右手の掌打。日暈流体術・振打。打撃を波紋として浸透させる破壊打法。 「くそッ!」 蓮次は右手に槍を向けた。 破鉄の術をかけた穂先が、手の平を貫き、手首を通り、前腕まで達する。骨の砕ける嫌な手応え。自分の打撃力を、そのまま槍の突きとして食らったのだ。無事であるはずがない。はずがないのだが。 「狂ってる……。やはり日暈か」 守護十家で最も強く、そして血に飢えた戦闘狂、日暈家。 赤い瞳に冷めた狂気を灯し、慎一は左手を握り込んだ。痛みを感じているようには思えなかった。事実、感じていない。壊れた右手が槍を握り締める。 蓮次は槍を放し、後ろに逃げた。 「何だ。逃げるのか?」 慎一は腕から槍を引き抜き、左手でへし折る。骨の砕けた右手を何度か動かしてから、握り込み拳を作った。正常な神経で出来ることではない。 「ああ、オレは正気なんでね。計画は失敗だ。引かせてもらう」 蓮次は懐から符を取り出し、破り捨てる。遁走の術を込めた符。 術が発動し、蓮次は転移した。 リリルは右肩を押さえた。 魔法の暴発に巻き込まれて、右腕がなくなっている。さきほど狙撃銃で吹き飛ばされたのとは違う、魔法による破壊。右腕損失。全身に中程度のダメージ。 周囲には、魔法力の残骸が白煙となって立ち上っている。影の檻は消えていた。 「沼護結奈。ここまでやるかァ?」 呆れたように口元を緩める。 コンクリートの床に仰向けに倒れている結奈。意識を失い、動かない。常人なら即死だが、退魔師はこの程度で死ぬことはない。だが、弱っていたところへ魔法の暴発を受けたのだ。しばらく動けないだろう。あっさり復活しそうな気もするが。 結奈の傍らに佇む黒い狼。沼護の宿す影獣。 その眼前に置かれた緋色の魔剣。 「さて、続けますか? リリルくん」 ぼろぼろの青い服をまとった長身の男。右手に非常識な大きさの剣を持っていた。満身創痍だが、動けるようである。どこまで戦えるかは分からない。 リリルは左手を下ろし、立ち上がった。 飛び退く。 コンクリートが斬られていた。 「外したか」 狐神の女。左手に樫拵えの破魔刀を構えている。草眞の分身を手に入れた日暈慎一。自他共に認める戦闘狂の一族。目立った傷は見られない。 「蓮次はどうした?」 「逃げた」 リリルの問いに、慎一は短く答えた。案の定な答え。 「だから、ここに来た。頭数減らしておけば後々有利だから」 言うなり、一拍でリリルに接近。撃ち出される居合い。空を払う白刃。リリルは翼を広げ、高々と飛び上がっていた。空中に直接攻撃は届かない。 「あいつが逃げたなら、アタシも引かせてもらう」 攻撃の届かない位置まで退避し、リリルは告げた。ここ日暈とやり合うのは得策ではない。手負いの上に武器もなしに挑むのは無謀である。 死ぬ気もないし、捕まる気もない。 「その剣、大事に保管しとけよ。あとで取りに行くからな」 言い残し、リリルはその場を後にした。 |