Index Top 目が覚めたらキツネ

第3節 現れたもの


 続けて訊いてくる。
「ひとつ頼みがあるんだけど、訊いてくれないか?」
「尻尾触るのはいいですけど――」
 慎一の言葉に、しめたとばかりに笑う宗次郎。何を企んでいるのかは、考えるまでもない。ろくなことは考えていないだろう。冷たく告げた。
「尻尾以外の所に触ったら、場所に関わらず一秒以内に両腕を砕きます。それでもいいというのなら、触って構いませんよ」
 嘘ではない。誇張でもない。尻尾以外の身体を触ったら、一秒以内に両腕を砕く。折るではなく、砕く。相手が宗次郎なら可能だ。結奈が治すだろうが、慎一が腕を砕くのを止めることもないだろう。つまり、どこか触りたいなら両腕を差し出せ。
「……遠慮しておきます」
「そうですか」
 落ち込む宗次郎に、慎一は答えた。
 窓の外を見る。流れる風景。車は郊外に向かっていた。
「何が、どうなってるんだ――ん?」
 車が止った。
 信号ではない。角の手前でもない。直線道路で減速し、止まる。
「どうしたんです?」
「子供……」
 車の前に、子供が十人立ちはだかっていた。小学生の男子五人に女子五人。本物の人間のように見える。朝八時十分は通学時間だったが。
 周囲に人の姿はない。人払いの結界が張られている。
「子供? みんな……なんか変ですよ。なんというか、目が虚ろです」
「見るからに危ないんだけど」
 呟くカルミアと宗次郎。
 慎一は結奈と目を合わせ、刀を持って外に出した。
 瞬身の術でボンネットに飛び乗り、屈み込む。ぴんと立つ狐耳と尻尾。ボンネットに手を押し付け、自身の身体だけでなく、車全体に金剛の術をかけた。鉄硬の術の上位系。戦車の砲撃でもなければ、防げるだろう。
 子供たちが、一斉に手を上げた。
 両手に握られたマカロフ。旧共産圏に普及した軍用自動拳銃で、現在も現役で使用されている。安く単純で威力も大きい。これはコピー製品だろう。
「ただの拳銃。術はかけられてない」
 トリガーが引かれる。銃声とともに、鉛の銃弾が飛来した。
 しかし、九ミリマカロフ弾でも、金剛の術は破れない。ボンネットやバンパー、フロントガラス。傷をつけることもなく、銃弾が潰れる。
「うおッ!」
 慌てる宗次郎。
 慎一にも銃弾がめり込むが、指で弾かれた程度の痛みだ。
 銃声が止んだ。全員十八発撃ち切っている。
「生きてるな……」
「生きてる。効いてない……」
 子供たちがぼそぼそと呟きあっていた。マガジンは持っていない。
 慎一は身体を上げ、鞘に入ったままの刀を横に一閃させた。
 飛燕の術による横薙ぎの衝撃が、子供をまとめて跳ね飛ばした。棒で殴るほどの威力だろう。腰は抜けるが、怪我はない。
 ボンネットから降りて、慎一は顔をしかめた。
「憑依の術、傀儡の術か? 一般人を巻き込むな」
「あなたは、子供を殺せる?」
 少年の一人が跳ね起き、ナイフを抜いて突きかかってくる。
 遅い。小学生程度の身体能力では、慎一には歯が立たない。刀の柄でナイフを叩き落とし、顎に法力を込めた掌底を打ち込む。解術。
 倒れる少年。
 右肘を引き、後ろから腎臓を狙ったナイフを鐺で弾いた。身体の前後を入れ替え、三人を順番に弾き飛ばす。法力を込めた解術。尻尾が踊った。
 順番に五人を打ち払い、慎一は横を向く。
「効いてないね。倒したければ、関節を壊さなきゃ」
 ナイフを持って立ち上がる少年。最初に倒した少年だった。屈託のない微笑を浮かべている。脳震盪で動けないはずだが、動いていた。おかしい。
 法力を込めた掌打を顔面に打ち込む。みぞおちに追加の拳。
「……何で解けないんだ?」
 憑依の術でも傀儡の術でも、解術を行えば正気に戻るはずだ。だが、法力を込めた掌を打ち込んでも、誰も正気に戻らない。倒れては起き上がり、攻撃してくる。
 慎一は焦燥に駆られながらも、両手両足を動かした。
「いつまで組み手してるのよ」
 結奈が指摘してくる。外に出ていた。カルミアと宗次郎は車内で待機。
 相手は小学生。十人だろうと百人だろうと、素手でも武器を持っていても、ものの数ではない。しかし、戦闘不能になるほどの致命打は放ってない。何度でも立ち上がり、向かってくる。
「何なんだよ!」
 慎一は跳び上がり、車の横に着地した。埒が明かない。
 子供たちが慎一を見つめる。
「あなたは子供を殺せる? 見ず知らずの小学生を。殺さないかぎり、いくらでもあなたたちを追いかけるよ。この術はあなたたちには解け――」
 頬を右拳が捕らえた。
 喋っていた少年が、冗談のように吹き飛ぶ。大人でも意識を失うほどの剛打。骨がヒビ割れる手応えが返ってきた。強すぎたかと舌打ちする。
 だが、少年は起き上がった。
 血と一緒に折れた歯を吐き出す。折れたのは奥歯三本で、顎に亀裂骨折。
「歯が折れても動けるよ。殺さない限り、動ける」
「やっかいな術ね。逃げる?」
 薄気味悪そうに見つめる結奈。
 銀色の髪の毛が波打ち、尻尾の毛が逆立つ。慎一は刀をベルトに差し、両手を胸の前で上下に向かい合わせた。法力を集め、糸状に変化させる。
「金縛りの術で拘束する!」
「君の弱点は――」
 不自然に落ち着いた口調。

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