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第4節 召喚完了


 日はだいぶ低い位置まで移動している。陰が差すというほどではないものの、目に刺さるような昼間の眩しさはなくなっていた。夕刻のひとつ手前といった時間帯である。あと一時間もすれば、夕闇がやって来るだろう。
「ここだヨ」
 カラが示したのは、赤い外壁の倉庫だった。市の中央からやや外れたところにある工業団地。その一角にある、何の変哲もない倉庫である。辺りに人の姿は見当たらない。
「チェインも、随分とあちこち逃げ回りましたね」
 寒月たちの追跡を振り切るためだろう。チェインは無茶苦茶とも言えるほどの経路で
逃げ回った。途中何度も匂いを見失いそうになり、ようやくここまで辿り着いたのである。相当な時間がかかってしまった。
「デモ、ここにチェインがいるのかナ?」
 鍵のかかった扉を見つめて、カラが呟く。
「いる」
 それを聞いて、寒月は断言した。
「何で分かル?」
「分かるんだよ、俺には――。魔獣と実際に戦ったことのある、俺には。お前らには感じられないだろうが、この一帯には魔獣の匂いが漂っているんだ。背筋がぞくぞくするほどに。ここが一番その匂いが強い」
 言ってから、気づいて傍らを見やる。
 そこには、ぐったりとした明日香が佇んでいた。顔色は悪く、腰に差した時雨もずれている。車や船に酔ったら、こういう状態になるだろう。
「大丈夫か? お前」
「大丈夫、大丈夫……!」
 空元気を出しながら、明日香は時雨の位置を直した。
 さすがに、ビルから飛び降りたり、ビルの壁面を駆け上ったり、人一人が通れるような路地裏を自動車並の速さで走ったりするのは、きつかっただろう。
 寒月は左手で首筋を撫でて、
「この雰囲気からするに、召喚の儀式はあと数分で完成する。時間がない」
 言い終わるよりも早く、扉の隙間に手を突き刺した。そのまま無造作に横に払いのける。鍵がちぎれ飛び、扉が塀ぶつかる派手な音が響いた。
 敷地に足を踏み入れ、寒月は倉庫の入り口へと走っていきながら、
「覚悟はできてるか?」
「できてますよ。もちろん」
「できてるヨ」
「やってやろうじゃない!」
 三人の返事を聞いてから、入り口を開けた。
「…………!」
 予想していた寒気が、全身を駆け抜ける。
 三十メートル四方の四角い部屋。その床には、複雑な紋様が掘り込まれていた。紋様は不気味な輝きを放っている。その光のせいで、室内は昼間よりも明るい。
 最後に――
「チェイン……」
 輝く紋様の奥に、チェインが佇んでいた。凄絶な笑みを浮かべてはいるが、以前見た生気は感じられない。見ただけで分かるほどに、衰弱している。
 チェインは痙攣するように喉を震わせ、
「寒月……。それに、カラとヴィンセント……。来るのがちょっと……早かったわね。召喚の儀式は……終わってないのよ……」
 その口調は正気とは思えなかった。見た通り、正気ではないだろう。魔獣を召喚するために、力を使いすぎて理性に障害がでている。
「でもね……。魔獣を召喚することは……できるわ」
「お前――」
 寒月は烈風、疾風を抜き放ち、二丁の銃を連射した。対妖魔用の弾丸を全身に浴びながらも、チェインは叫んだ。両腕を掲げて、
「出でよ!」
 床に刻まれた紋様の光が収束する。光は渦を巻きながら、色を変えていく。やがて、黒い光の塊となった。禍々しい気配が、放たれている。
 黒い光は変形し、巨大な黒い獣の姿になった。
「これが、魔獣ですか……」
「ワワ!」
 背丈は人の二倍半ほど。二本足で立ってはいるが、風貌は獣のそれである。猛獣を思わせる紅暴な形相に、生い茂るように伸び乱れた漆黒の髪。重装甲に覆われたかのような重厚強靭な肉体と、手足に生えた刃物の爪。凄まじいまでの威圧感と存在感が、全身から放たれていた。
「明日香、下がってろ。お前は足手まといだ!」
 告げると、明日香は文句も言わずに壁まで下がった。
 チェインはよろけるように魔獣に近づき――
「さあ……。あいつらを殺し……」
 命令は最後まで言えなかった。

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