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第2節 非常識な人達


 炊き立ての白飯、味噌汁、玉子焼き、海苔、焼き魚。
 白い湯気と、芳ばしい香りを漂わせている。
「……これ、お主が作ったのか?」
 四角い卓袱台に並べられた料理を眺めながら、十郎が呻いた。いつもは、十郎か明日香が作っているらしいが、今日は寒月が作ったのである。
「ああ。何かまずかったか?」
「ううん、全然」
 言いながら、明日香は茶碗を掴む。
「あたしや爺ちゃんが作るのより、十倍はおいしいよ!」
「お主、どこかで板前でもやっていたのか?」
 味噌汁をすすりながら、十郎が睨んできた。
「んや、自然に覚えただけだ」
「全く、謎の多い男だ……」
 呻いて、玉子焼きに箸を伸ばす。深くは訊いてこない。
 焼き魚の骨を取りながら、寒月は明日香に目をやった。
 おおむね普通の服装と言えるだろう。ベージュ色のズボンに、白いシャツ、その上に半袖のジャケットを着ていた。ジャケットには、ポケットが沢山ついている。
 一見、不信な点は見られないが……。
「なあ、明日香。その服の下に何を仕込んでいる?」
「え。分かる?」
 照れたように明日香が呟く。
 デニム地のジャケット。ただのジャケットに見えるが、素人では気づかないほどの凹凸が見える。小型の武器などを隠すとこうなるのだ。
 明日香はジャケットの片方を開いた。
「手裏剣と小型ナイフ、あと鉄芯、鋼線。そんなところかな」
 天気の話をするような調子で言ってくる。
 寒月は明日香の向かいで、平然と食事をしている十郎に視線を移した。
「あんた……孫娘にどういう教育をしてんだ?」
「ごく当たり前な教育だが」
 茶碗についた米粒を箸でつまみながら、十郎が答える。
「服に武器を仕込む……のどこが当たり前なんだよ?」
「我が家は由緒正しき朝霧流剣術を伝える家系。平時にあって常に臨戦態勢であれ、というのが我が家の家訓だ」
 文字のような模様がついた湯飲み茶碗を口に当てて、
「近頃は警察なんて無粋な連中が幅を利かせてるからな。今までは木刀一本で我慢してたが、明日香が危険な立場にあるなら、法律なんぞ関係ない。真剣の携帯も、隠し武器の使用もわしが許す!」
「あんたが許してどうする」
 反論するところが多すぎて、これしか言えない。
 寒月は残りの朝食に箸を伸ばした。
「じゃあ。大学行ってくるからー」
「なん?」
 口に入れた味噌汁を吹き出しそうになりつつ、寒月は明日香を見つめた。朝食はとうに食べ終えてある。教科書などが入った手提げ袋と、紺色の袋に収められた時雨を手に、玄関の方に歩いていこうとしていた。
 寒月は朝食の残りを全て口に入れ、呑み込んでから、立ち上がった。
「お前、大学行く気なのか!」
「そうだけど。まずい?」
「まずいに決まってるだろ! お前、自分が置かれている状況を理解してるのか?」
 手をわななかせながら言うと、明日香はこくりと頷く。
「してるけど。あたしはね、幼稚園の頃から一度も学校休んだことない、完璧皆勤賞なの。それを、たかだか命を狙われてるくらいで休むわけにはいかないでしょ」
「あああ」
 目眩を覚えてから、寒月は十郎を睨んだ。
「あんたも何か言ってくれ!」
「わしの孫娘は、命を狙われているのか……。だが、その程度で大学を休んでは朝霧一族の名折れだ。堂々と大学に行き、敵を蹴散らしてこい!」
「がー」
 無茶苦茶な返答に、頭をかきむしる。明日香の敵は人間ではない。堂々と挑んでも、堂々と返り討ちにあうだけだ。だが、その詳細を十郎に言うわけにはいかない。
 意識を強引に落ち着かせてから、寒月はコートの襟を引っ張った。
「しょうがない。俺がついていく……」

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