Index Top つくもつき in 扶桑 |
|
第4章 回り出す運命 |
|
前回のあらすじ 「まずは何から試してみるか?」 「このカメラに向かって、『山城、愛してる』って言って下さい」 「山城、愛してるわ」 「次はかっこよく」 「山城、愛してるよ」 「次はかわいく」 「山城、大好き☆」 「さて、話を戻すが。これと言って思いつく手段は無いんだが――」 ぷち。 視線を落とすと、室内草履の鼻緒が切れていた。 「ひゃあっ!」 「姉さまの身体が!」 ぱしゃ。 転倒した拍子に、テーブルの上のオレンジジュースが降り注ぐ。 ▽ |
床に手をつき、ツクモは上体を持ち上げた。 「……」 何も言わぬまま、立ち上がる。 テーブルの上で倒れているジュースのパックが二本。中身が少なかったのは幸いだろうか。こぼれた量はそれほどでもない。ツクモはパックを起こし、テーブルの隅にあった布巾でこぼれたジュースを拭き取った。 布巾を置き、身体を見下ろす。 髪の毛と服がぐっしょりと濡れていた。 「うう、不幸だ……」 「それは私の台詞です!」 山城が声高に叫ぶ。 濡れた髪の毛を掻き上げ、ツクモは吐息した。 「仕方ない。風呂入るか」 「何言ってるんですか!」 「いや、ジュースでずぶ濡れだし、放っておくとべたべたになるし、このままだと不味いだろ。少なくとも俺はイヤだぞ」 濡れた上衣を引っ張りながら、ツクモは呻いた。濡れた布が身体に貼り付く感触は、お世辞にも気持ちの良いものではない。 ぐっと拳を握り、山城が睨み付けてくる。 「そんな事言って姉さまの裸が見たいだけなんでしょう!」 「うん」 「頷かないでください!」 即答するツクモに、山城は声を上げた。 「なら、お前も一緒に入るか?」 「……」 ぴたりと山城の動きが止まる。 すぅと息を吸い込み、吐き出した。何かを思索するように視線を持ち上げ、口元を手で押さえて頷く。頬を赤く染めながら、にやりと笑った。 何か変なスイッチを入れてしまったらしい。 「私もお風呂、姉様とお風呂――ふふ、うふふふ……」 不吉なオーラをまといながら、山城はおもむろに上着に手をかけた。躊躇無く帯をほどき、上着を投げ捨て、スカートも脱ぎ捨てる。白いブラジャーとショーツという格好からさらにその下着すらも手早く脱ぎ捨てた。 最後に頭の艦橋髪飾りを外して、テーブルに置く。 「これでよし……」 あっという間に全裸となる山城。白い肌に均整の取れた肢体が艶めかしい。眼をぎらきらと輝かせながら両手を蠢かせ、ツクモへと近づいてくる。 「さあ、私は脱ぎました。脱ぎましたよ。次は提督の番です。脱ぎましょう。さあ脱ぎましょう。大丈夫です。私が脱がせますので、問題ありません」 がしっ。 山城の手が、上着の襟にかけられた。 半分理性の欠けた赤い瞳に、不吉な笑みの形に歪む口元。涎が一筋垂れている。まるで得物に襲いかかる肉食獣のような気迫だった。 「………」 妙に冷めた気分のまま、ツクモは両手を伸ばした。 山城の腕を掴んで、その動きを封じてから。 ごつっ。 「お゙ぅ!?」 ツクモの頭突きが、山城の顔面に刺さった。 瞬間、意識にノイズが走る。 頭を上げ、ツクモは首を左右に振った。 「ぐぅ……。こういう、事か――」 「う……ぅぅ……」 山城は鼻を押さえながら数歩後ずさり、そのまま崩れるように床に腰を落とした。手加減していたとはいえ、顔への一撃である。頑丈な頭部ではなく、急所の点在する顔面への殴打。たとえ頑丈な艦娘でも、ダメージはそれなりに大きいだろう。 涙目になりながら、見上げてくる山城。 「い、いたいです……ていとく……」 「すまんな。だが正当防衛だ。怖かったし」 正直に告げるツクモ。 そっと自分の頭を手で押さえる。山城に頭を打ち付けた時のノイズとそれに伴う感覚。おそらくツクモの意識が扶桑から別に相手に押し出されようとしたのだろう。このあたりが一種の鍵ではないかと、心のメモ帳に記しておく。 視線を下ろすと、弱々しい声で山城が呻いていた。 「うぅ、不幸だわ……」 「自業自得だと思うぞ」 ジト眼で言いながら、ツクモは山城に手を差し出した。 洗面台と、タオルや石鹸類、化粧品類の並んだ棚。小さな洗濯機。 普通の脱衣所である。 「さすがに二人だと狭いな」 ツクモは隣に佇む山城を見やった。さすがに全裸は不味いと思ったのか、バスタオルを身体に巻き付けている。 「では、服を脱がせます。じっとしてて下さいね」 わきわきと指を動かしながら、山城が素敵な笑顔を見せていた。 多少気圧されつつも、ツクモはジト眼で山城を睨み付ける。 「自分でできるから」 言いながら帯をほどき、上衣を脱ぐ。折りたたんだ上衣を籠に移し、ホックを外してからスカートを脱いだ。そちらも折り畳んで籠に入れておく。 どちらもジュースが染みているので、洗濯しなければならない。 「ん?」 ツクモは視線を下ろす。 白いブラジャーに包まれた大きな胸の膨らみ。普段は着物で押さえているためか、服を脱ぐと改めてその大きさが分かる。ましてや自分の身体として見下ろしてみると、より生々しくその大きさを感じる事ができる。 「ふむ」 両手を胸の下に差し入れ、手の平で持ち上げてみると。 ずしっとした重さが感じられる。 「提督、何羨ましい事してるんですか!」 両手を握り絞め、山城が顔を赤くして叫んだ。 「いや、せっかくなので」 言いつつ、ツクモは両手で胸を挟み、身体を前に傾ける。右足を少し前に出しつつ、手を太ももに添えた。足と谷間を強調するような姿勢から、山城に向かってウインクをしてみせる。誘惑するように、 「どうかしら、山城?」 「………」 無言でごくりと喉を鳴らす山城。頬を赤く染めて、顔を強張らせている。 それでも何度か深い呼吸を繰り返してから。 ため息交じりに言ってくる。 「遊んでないで脱いでください」 「おう」 頷いてから、ツクモは背中に手を回し、ブラジャーのホックを外した。肩紐から腕を順番に引き抜き、脱いだブラジャーを畳んでカゴに入れる。続いて、ショーツを脱いで、それを畳んでカゴに入れた。 「………」 肌に触れる脱衣所の空気。扶桑の身体。大きな乳房に、つんと起った乳首、引き締まったお腹に、何も無い下腹部、すらりと伸びた足。 派手さはないが無駄の無い、しなやかな体躯である。 バスタオルを巻き付け身体を隠しつつ、ツクモはしみじみと呟いた。 「扶桑って美人だよな」 「当たり前じゃないですか」 両腕を組み、山城が当然の如しと断じる。 それについて追求することもなく、ツクモは髪の毛に指を通した。オレンジジュースが乾きかけて、べたつき始めている。 「早く洗わないと」 「はい。提督」 山城がおもむろに声を上げる。赤い瞳をきらきらと輝かせながら、 「姉さまの身体は私が洗います」 「……何故」 低い声で訊くと、山城は頷いた。 「女の子の身体は繊細なんですよ。男の人の感覚で洗うと、お肌に悪いのです」 「本音は?」 「姉さまの柔肌を思う存分触れる機会なんて、それこそ一生に一回しかありません! このチャンを逃したら、この山城一生後悔しますッ!」 拳をぐっと握り絞め、鼻息荒く断言する。本音を隠す気も無いようだった。 どこか感動めいたものを覚えつつも、ツクモは右手を持ち上げ、 「とりあえずピヨピヨ口の刑な」 「うみょー!」 口を左右から指で挟まれ、山城は気の抜けた悲鳴を上げた。 もこもこ、と。 風呂椅子に座ったツクモは、手の中でシャンプーを泡立てていた。 十分に泡立ててから、頭皮を揉みほぐすように洗っていく。 「提督、慣れてますね……」 どこか嫉ましそうに山城が言ってくる。 風呂場の入り口に何故か正座したまま。 きれいに掃除された浴室。大浴槽のある入居ドッグとは別に、艦娘寮の部屋にも風呂は作られている。防衛省は現代に蘇った小さな英霊たちを、かなり大事に扱っていた。 「俺も結構髪長い方だからな。扶桑ほどじゃないけど」 身体を傾け、長い髪の毛を指で梳くように洗いながら、ツクモは答えた。髪の短い山城では、扶桑の長い髪の毛を洗うのは無理と判断し、ツクモが洗っている。 「提督って何故髪を伸ばしてるんです? 以前から気になってましたけど」 山城の問い。 ツクモは男としてはかなり長めに髪の毛を伸ばしていた。艦娘たちにはそのようなファッションであると思われているらしい。 シャワーで念入りに髪の毛の泡を落としながら、ツクモは吐息する。 「儀式的なものだよ。髪の毛には『力』が宿る。女でも男でもな。普通の軍人なら、そういう事はしないんだけど……俺はあいにく提督だ。艦娘って小さい神様と一緒にいるなら、髪の力は必要になるんだよ。魅入られるのは勘弁だぜ」 「はぁ」 曖昧な返事をする山城。 ツクモはタオルで髪の毛の水気を拭き取り、髪を頭に巻き付けるようにしてまとめる。さらに乾いたタオルを巻き付け、終了である。 「次は身体か」 「はい」 おもむろに山城が近づいてきた。 眼をきらきらと輝かせながら、ツクモを見つめる。 「姉様の身体を洗うのは、この山城にお任せ下さい」 ボディ石鹸を手の中で泡立てながら、幸せそうに笑っていた。 「では右手を持ち上げて下さい」 言われるがままに、ツクモは右手を持ち上げる。 山城はスポンジも使わず、ツクモの――正確には扶桑の右腕を洗い始めた。洗うというよりも、撫でると表現する方が正しいか。泡に包まれた手を、丁寧に肌に這わせている。 「嗚呼、姉さまの肌って、柔らかくて滑らかで、素敵です」 赤い瞳に恍惚とした光を灯し、山城が独りごちている。 上腕、肘、前腕から手の平、指の合間で念入りに洗い終わり、山城は一度離れた。 「提督、次は左手です」 「あ、ああ」 言われるがままに、ツクモは左手を挙げた。 山城がそちらに移動し、先程と同じようの左腕を洗っていく。 もっとも、手で身体を洗う行為は、意外と利点が多い。道具ではなく手であるため皮膚にかける負担が少なく、指を利用し細かい部分まで洗う事ができる。また、相手の肌に直接触れるため、肌の状態を触感として知ることもできるのだ。 「提督、背中洗いますので、バスタオル脱いで下さい」 「……」 一拍躊躇ったが、それも今更過ぎるだろう。 ツクモは身体に巻き付けていたバスタオルを外した。露わになる背中。折ったバスタオルで、身体の前面を隠しておく。 「ああ、姉さまの背中美しいです……」 恍惚とした声とともに、山城がツクモの背に手を走らせる。 決して痛みは無い。優しく手を動かし背中全体を洗っていく。それは、マッサージのような心地よさがあった。 「姉さま、姉さま……。素敵ですぅ……」 恍惚とした声音で呟きながら、山城はとはツクモの背中に手を這わせていた。汚れを落とすというよりも、愛撫的な手付きで。 そこはかとなく触手に絡まれるような錯覚を覚えるが、あえて無視する。 「提督」 不意に山城が声を上げた。みょうにはっきりした声だった。 ツクモは不安になって訊き返す。 「どうした?」 「私……もう我慢できません」 |
18/8/1 |