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中編 雪山の寒さ |
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がたがたとドアと窓が鳴っている。日が暮れてから吹雪は唐突に収まった。山の天気とはそういうものである。だが、まだ風は止んでいない。 食事を終え、ケルブとセッシは小屋の中で大人しくしてた。 「暇ね」 セッシが水色の瞳を天井に向ける。床に腰を下ろしたまま両手を床に起き、両足を前に伸ばしていた。スカートのスリットから左足が見えているが、気に留めていない。身体を少し後ろに反らし、暇そうにしている。 囲炉裏の焚き火と、魔術の光明が部屋を照らしていた。 外は既に夜になっていた。時計を見ると、夜七時。 「……というか寒いよ」 焚き火に薪を放り込みながら、ケルブは呻いた。 焚き火が部屋の温度をいくらか上げているが、気休めにしかなっていない。冬の雪山、それなりに高い標高。平地の真冬よりも寒いだろう。防寒服に、帽子、手袋を付けているのだが、それでも冷気が身に染みる。 ケルブは近くに落ちていた酒瓶を拾い上げた。 「情熱の白」 四角い瓶に入った酒である。麓の特産品で、癖が無く非常に飲みやすい酒だ。元々山岳救助で凍えている人に飲ませるもので、一時的に身体を温める効果がある。一般向けに作ったものは、飲みやすい酒としてかなり遠くまで出回っているようだった。 残った酒を飲み干し、ケルブは一息つく。 半分以上セッシが飲んでしまったのだが。 「それは仕方ないわ」 焚き火を眺めながら、セッシが呟いた。 両足を引き寄せ、その場に立ち上がる。赤い灯りに照らされる青い肌。人ならざる者の色合いだ。ほんの僅かに目蓋を下ろし、窓の外を見ていた。 「これからもっと寒くなるよ。夜になったから気温は下がるものだから。吹雪は止んだけど、気温は明け方に向かって低くなるから」 朝方が一番冷え込む。それは平地でも山でも変わらない。 「平気そうだね、君は……」 ケルブの呟きに、セッシは髪の毛を手で撫でた。紺色の髪の毛。獣のたてがみのように逆立つ毛を、赤いヘアバンドで留めている。 「氷精霊だから。普通の生き物みたいに"寒い"と感じることはないわ。一番真冬の朝方はさすがに冷えると思うけど、それが苦痛と感じたことはないわね」 ケルブに目を向けてくる。少し口元を緩めんがら。 「それより、酔ってない?」 セッシは情熱の白を七割ほど飲んでしまった。携帯食料も普通に食べていたので、人間の食べ物や飲み物も普通に摂取できるのだろう。酒を飲めば酔うだろう。見た目はさきほどと変わらないように見える。だが、動きや目線はどこか緩くなっていた。 「大丈夫よ」 小さく答えるセッシ。 窓辺に歩いていき、セッシは暗くなった外を見つめた。ガラスは強化処置の施されたもので風や跳んでくる木の枝などでは割れたりしない。 焚き火の炎を眺めながら、ケルブは吐息する。息が白い。 「朝まで大丈夫かな? 風邪引くくらいならともかく、凍死とかはさすがに困るよ。しもやけも大変って聞くし。治療系の魔術はあんまり得意じゃないし」 魔術。ケルブが主に習得している魔術は、もっぱら複雑な技術系である。 火を起こしたり灯りを作ったり傷を治療したり。そのような基本的なものは得意ではなかった。身体を温める術を覚えてくればよかったと、今更後悔する。 「何か起こりそうな雰囲気ね」 セッシが振り向いてきた。青みがかった肌と氷のように澄んだ水色の瞳。身体の動きに合わせてスカートが揺れる。緩やかな曲線を描く腕や脚の線。その姿は彫像のように均整が取れていて、妖艶だった。 「山に入った男がきれいな女性に連れて行かれ、その後氷漬けになって発見される。雪山の怪談として聞いたことがあるわ」 「それを君が言うと洒落にならないよね?」 半眼でセッシを睨んでみる。 山に入り込み、魔物に魅入られ、その後凍死体として発見される。よくある冬山の怪談だった。そして、セッシは山に住む氷精霊。怪談を実行できる氷精霊である。 笑えない冗談だった。 「人間を凍り漬けにして楽しむ猟奇的趣味は無いけど」 手の平を見つめながら、言ってくる。 その話はそれで終わりだった。 「もう少し薪くべるか」 寒さを退けるには、まず火である。幸い薪棚には乾燥した薪が大量に詰んであった。朝方まで焚き火を大きくしていれば、ある程度寒さは防げるだろう。 床から立ち上がり、ケルブは薪棚に向かった。捻った足はセッシ治療魔術のおかげで、完治している。もう動かすことに問題は無くなっていた。 棚から薪を抱えて、焚き火の横に詰んでいく。紐で縛った薪束が四つ。 一息ついて、ケルブは床に腰を下ろす。 ふと。 視線を上げると、すぐ傍らにセッシが佇んでいた。 一度その場に腰を下ろし、そっと右手をケルブの頬に触れさせた。不思議と冷たくはない。氷のような水色の瞳でケルブを見つめ、口を開く。 「こういう時は肌と肌で暖め合いましょう」 「……もう少し気の効いた冗談にしてくれ」 肩の力が抜けるのを自覚しながら、ケルブは呻いた。 しかし、セッシは淡い笑みを口元に浮かべてみせる。からかうような、楽しむような。 「別に冗談じゃないわよ?」 小首を傾げて一言。 ケルブの手を取り、手袋を脱がせる。手の平に直接触れる小屋の空気。 「やっぱり酔ってる?」 瞬きしながら、ケルブは横を見た。空っぽになった酒瓶。アルコールが強い割に飲みやすい酒である。知らない者が飲むとつい量を間違えてしまうらしい。 「かもしれないわね」 ふっと唇に触れる柔らかな感触。セッシがケルブの唇に自分の唇を重ねていた。唇を触れさせるだけの、ささやかな口付け。 唇を離し、優しく微笑むセッシ。 「こういうのを一目惚れって言うのかしらね? 女の子が積極的になっているんだから、あなたも本気になってくれないと寂しいわ」 「………」 |
11/12/10