Index Top 第3話 主従の約束

エピローグ


 二十分ほどしてから汗まみれになった身体を拭いて、初馬はベッドに戻った。現在時刻、九時五分。病院での消灯時間は八時四十五分だったのだ。充分寝られるだろう。
「……ワシは馬鹿だ」
 一ノ葉が窓を眺めながら、呟いている。
 狐の姿へと戻り、寝床のバスケットに腰を下ろしている。首元のチョーカーはそのままだ。身体に合わせてある程度収縮するように作ってある。
「どうした?」
 初馬は声を掛けた。
 一ノ葉は尻尾を一振りしてから、振り向いてきた。
「うむ、貴様のような狡猾な男の式神になってしまったことを悔いている。最初の時、なぜ貴様と戦おうと思ったのか、結界を壊して逃げればよかったのに、と」
「人生、後悔は意味がないぞ。未来を見つめないと」
 初馬は微笑んだ。
 一ノ葉は呆れたように目蓋を落とす。
「その台詞をワシに言えることに、貴様の凄さを感じる。まあ……いいだろう。認めてやるよ。貴様はワシの主とな。トボケてはいるが、器の大きさは本物だ。周りの連中は随分と苦労しているだろうが……」
「ありがと」
 初馬は素直に例を言った。
 褒めているのか貶しているのか、認めているのか否定しているのか、判断の付きにくい台詞であるが、一応初馬を本当に主人として認めたようだった。
「さっそくだけど、今日最後の頼みがある。そう大したことじゃないから」
「何だ?」
 訊き返す一ノ葉に、初馬は素早く印を結び。
「式神変化」
「って!」
 霊力が一ノ葉の身体を貫き、その構成を一瞬で書き換える。
 すらりとした大狐から、小型犬ほどの大きさの仔狐へと。例えるならキュウコンからロコンへの逆進化。的確な比喩だろう。
「何だこれは! 言っているそばから、貴様は何を訳の分からないことをしている! また何を思いついたというのだ!」
 普段の大人の声ではなく、子供のような高い声。身体の変化に合わせて、声帯も変化しているのだ。赤いチョーカーはそのままである。
 初馬は両手を伸ばして、一ノ葉を抱え上げた。丁度良い大きさと暖かさ。ふわふわの毛並みと柔らかな身体。予定通りの変化である。
「抱き枕」
 初馬の答えに、一ノ葉は小さく呻いた。
「……明日後悔しても知らぬぞ」



 翌日、抜け毛で布団の中が凄いことになっていた。
 後悔したと正直に告白しておく。
                  初馬の日記より

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