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中編 自分の手で |
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「終わった……」 カイムは鉛筆を置いた。外を見ると、もう夜である。 ミィが飛んでいる様子を参考に、飛行機械の改造案をノートにまとめていたのだ。これで、飛行の柔軟性をいくらか上げられるだろう。 ふと目を移すと、勉強机の上でミィが退屈そうに両足を広げていた。傍らに置いた小瓶から角砂糖を取り出して囓っている。靴は脱いであり、机の上に並べて置いてあった。 カイムの様子に気づき、赤い瞳を向けてくる。 「終わったの?」 「何とか」 手を振りながら、カイムは笑った。 ミィは持っていた角砂糖を全て口に入れてから瓶の蓋を閉める。その場に立ち上がり、羽を広げて飛び上がった。身体の動きにあわせて揺れる裾と赤い髪の毛。 空中を滑るように飛んでから、ベッドテーブルに降りる。 「なら、これから少し遊ぼうよ」 楽しそうに微笑みながら、上目遣いに見上げてきた。何かを含んだ口調。いつもとは少し違った雰囲気に、カイムは眉根を寄せる。 「遊ぶって……。オセロでもするか?」 「マスター。わたしの掛けた魔法、まだ解いてないでしょ?」 と右手を動かす。 ミィが使った魔法。自分の感覚をカイムに差し出す魔法。ミィが部屋に戻ってきた時には、レポートをまとめることに熱中していて解除するのを忘れていた。単純に無視しているだけで、今もミィの感覚は微妙に伝わっている。 ミィは妖しく微笑みながら、 「わたしの身体自由にしてみない?」 「………」 カイムは無言のまま、人差し指でミィの足を払った。 「きゃぅ」 あっさりとテーブルに倒れるミィ。その腰辺りに指を置いて、動けないように固定する。じたばたともがいているが、脱出することはできない。魔力を使って動かれると面倒だが、魔法での筋力強化はすぐにはできないらしい。 「やっぱり、こないだの一件で何か目覚めちゃったのかな? 妖精ってそういうことにはあんまり興味無いと思ってたんだけど……」 呆れ半分でカイムはそう訊いてみた。 ミィは暴れるのをやめて、気恥ずかしそうに答える。 「わたしも年頃の女の子だから、興味無いって言えば嘘だよ」 「……年頃、なのかな?」 押さえつけたミィを見つめる。実際体付きや言動も子供のそれなので、今まで妖精の子供として見ていた。本人はカイムよりも長く生きていると言っているが。 カイムが手を放すと、ミィはその場に起き上がる。四枚の羽をぴんと伸ばしながら胸を張り、自分の胸に右手を当てた。得意げに断言する。 「うん。わたしって四人姉妹の次女だから」 「答えになってないって」 額を撫でながら、カイムは呻いた。姉妹がいるというのは初耳である。姉妹のことは気になったが、妖精は自分のことをほとんど話さないので、無追求することもないだろう。 吐き出した分の息を吸ってから、右手を持ち上げる。 「でも、ミィがそう言うならいいかな」 「え?」 瞬きしてから見つめてくるミィ。 自分から言い出しても、実際に頷かれると戸惑うのは変わらない。本人も半分以上は好奇心で口にしているのだろう。かといって、カイム自身に止める気もない。 両手に魔力を集め、ミィの作った魔法式へと流し込む。 「え……?」 虚を突かれた表情のまま、ミィがその場に崩れるように腰を落とした。膝が曲がりその場に座り込んだまま、両手を力なく下ろしている。糸の切れた操り人形のような様子。思うように身体が動かないようだった。 「何したの、マスター」 「魔法式を介して、ミィの身体を動けなくしてみた」 言いながら、ミィの身体を左手で持ち上げてみる。手の平にうつ伏せになった、軽く小さな身体。手足からは力が抜けて、身体を起こすこともできない。赤い髪が少し肩から流れるように落ちる。緑のワンピースを透過している二対の透明な羽。 「動けなくって……」 困ったようなミィの呟き。 魔法式を介して魔力と情報を逆流させ、ミィの四肢の動きに干渉し、動かすという情報を遮断したのだ。ただ、普通にできることではない。 「技術型の精密魔術は得意だから」 笑いながらそう答え、カイムはそっと右上の羽に触れた。 「ん」 ミィの口からか細い息が漏れる。 指先に触れる薄紙のような透明な羽。その縁を指で優しく撫でる。 「んっ……」 動かない手足を動かそうするミィ。しかし、意志とは対照的に手足は動かない。辛うじて動く身体をもぞもぞと動かすだけだった。微かに羽が震えている。 「やっぱり、ミィの羽は手触りいいな」 羽の縁を撫でながら、カイムはそう笑った。縁をなぞる指先から、手を通り腕へと抜けていく痺れ。いつまで触っていても飽きない手触りである。 「マスター……。駄目……」 ぴくりと身体を強張らせながら、ミィが言ってきた。頬がうっすらと上気しているのが見える。呼吸も少し乱れているようだった。 「誘ったのはミィなんだから、文句言わないの」 そう告げてから、カイムは人差し指でミィの頭に触れた。緑色の三角帽子の上から頭を優しく撫でる。ミィが不服そうにしているのが分かった。それでも、露骨に拒否の態度は示してない。示さないというよりも、示せないのだろう。 頭から指を放し、カイムは透明な羽を人差し指と親指で摘む。 「ひぅ!」 引きつった声とともに、ミィの身体が小さく跳ねた。 だが、気にせずカイムはミィの羽を指で撫でる。柔らかく滑らかで、適度に硬さを持った薄い羽。いくら触っていても飽きない。妖精の羽はこの世で最も手触りのよいもののひとつに上げられるらしい。 どこかに書いてあったその言葉も納得できる。 「んん……ふぁ……」 ミィの口から漏れる甘い吐息。 ぴくぴくと小さく身体を跳ねさせながら、もぞもぞと身体を動かしていた。しかし、手足は動かせないので、胴体をくねらせるだけ。 カイムは四枚の羽を順番に撫でていく。 「うぅぅ」 指の動きに合わせ、ミィが切なげな声を漏らした。 妖精の羽は高密度の魔力が具現化したもので、実際の物質ではない。だが感覚は通っていて、かなり敏感な部分でもあった。そのため、他人に触られるのを極端に嫌がる。そして、逆に信頼の証として羽を触らせることもある。 カイムも何度かミィの了承を得て、羽を触ったことがあった。 だが、今回のように無遠慮に触るのは初めてだろう。 羽の根元を優しく揉みながら、カイムは尋ねる。 「どうだ、ミィ?」 「うー。くすぐったいよ……」 頬を赤くしたまま、ミィが小声で答えてきた。 だが、くすぐったいだけではないのは明らかである。頬が赤く染まり、呼吸も乱れている。赤い瞳の焦点も定まっていない。凍えたように身体も震えていた。だが、寒いわけではないだろう。赤い髪の毛先が、細かく揺れている。 カイムは羽を撫でるのを止め、羽の間に指を触れさせた。 「……!」 ミィの動きが止り、赤い瞳を大きく見開く。 そのまま、カイムは羽の間を撫でるように指を動かした。指先に感じるのは小さな人形のような背中と、緑色のワンピースの柔らかな生地の手触り。 「あぅぅ……ますたぁ、そこはやめてぇ……」 力の抜けた声音で、ミィが泣きそうな声を上げる。 羽の付け根の間は、魔力の羽を作り出す部分であり、妖精にとっては急所のような場所らしい。そこを軽く撫でられるだけで、身体から力が抜けてしまう。事実、ミィの身体には全く力が入っていない。 カイムは緩急を付けながら指を動かす。軽く押すように。 「んんっ――うぅ、あぅ……。だめ、だめっ……」 ミィの口から漏れる必死な声音。震えて擦れている。 神経を奔る痺れに耐えようとするも、身体を強張らせることもできない。脱力した身体が、羽の付け根から全身に広がる刺激に小さく跳ねている。口元からはうっすらと涎が垂れていた。羽も時折弾けるように動いている。 しかし、それらを気にすることなく、カイムは羽と付け根を交互に攻めていた。敏感な部分を無防備なまま弄られ、ミィは終点へと上り詰めていく。 そして、何かに耐えるようにきつく目を閉じた。 「あっ、ふあぁ――! マスタァ……んんッ!」 呼吸を止め、言葉を飲み込み、ミィは小さな身体を大きく跳ねさせる。四枚の羽がぴんと立ち、仰け反るように背筋が伸びて、顎が弾かれるように持ち上がった。動かない手足を数回痙攣させてから、再びゆっくりと脱力する。 そのまま深い呼吸をしているミィ。 カイムは指を放し、人差し指でそっと頭を撫でた。 「羽弄られただけで、軽くイっちゃった?」 「マスターのエッチ……」 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、ミィが言い返してくる。さすがに、羽だけで達するとは思わなかった。ミィの身体はカイムの想像以上に敏感なようである。これを開発されていると表現する自信はない。 「でも、誘ったのはミィなんだから、最後まで付き合って貰うよ」 そう笑いながら、カイムはミィを自分の手の平に座らせた。 |