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ちょっと昔のお話 |
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朝の七時。学生寮の一室。 「起きろ、ミィ。朝だぞ」 朝食を作り終わり、ぼくは声を上げた。 ぼくが作ったミニベッドで眠っているミィ。見た目十二歳ほどの妖精。手の平サイズの身体と二対の透明な羽、赤いロングの髪には派手な寝癖がついている。草色のナイトキャップとネグリジェという格好で、抱き枕を抱きしめていた。 うっすらと目を開けて、ぼくを見る。赤い瞳。 「んー……。マスター……あと一時間……」 小声で答えてから、目を瞑って再び寝息を立て始めた。 妖精であるから――ではないだろうが、ミィは朝に弱い。起きるのはいつも八時頃で、九時頃まではぼんやりしている。休日は昼まで眠っていることもある。ちなみに、就寝は十時頃。ようするによく寝るのだ。 しかし、今日は八時から学長との会談がある。遅れるわけにはいかない。かといって、ミィ一人を部屋に残しておくわけにもいかない。 「ほら、起きろ。昨日も言っただろ? 今日は朝早いって」 ぼくはハンカチのような布団をめくり、ミィを掴み上げる。 硬貨数枚ほどの重さ。ふにゃふにゃに脱力した身体で、だがしっかりと抱き枕を抱えている。起きる気はないらしい。 「嫌だぁ。もっと寝るぅ……」 「頑固だな。いつものことだけど」 ぼくはミィを左手に乗せ、人差し指で脇腹をくすぐる。 爪の先でひっかくように優しく、しかし無視できないほどの力を込めて。 「ほら、起きろー」 「んん……」 もごもごと動きながら、指から逃れようとする。 だが、飛んで逃げることもない。左手の上で身体を動かすだけ。 「ほれほれー」 ぼくは脇腹や脇の下、足の裏をくすぐる。 だが、起きない。 くすぐったそうに身体を動かしはするものの、起きない。頑なに目覚めを拒否するミィ。いつもは素直なのだが、起床に関しては非常に頑固である。 正直、ぼくもこんなことしている場合ではない。 「起きないなら、勝手に着替えさせて連れてくぞ」 「はぃ。どうぞ……」 目を瞑ったまま、こくこくと頷く。 眠ったまま他人と会話する。意味不明な技術であるが、ミィの特技である。もっとも、起きた時には会話の内容を忘れているのだが。 ぼくはミィを机に下ろし、椅子に座った。 ベッドの横のタンスからミィの普段着を取り出す。 緑色の簡素なワンピースと、三角帽子。アクセントとして縁に赤い刺繍が施されている。織り目が見えないほどに細かな繊維で、手触りは上等な絹。小さな妖精が着るには、これほどの細かさでないと粗く感じるのだろう。 さておき。 「後で文句言うなよ」 ぼくの問いにこくりと頷くミィ。 ため息をついてから、ひょいと抱き枕を抜き取る。横に倒れかけたミィの身体を左手で支えて、右手でナイトキャップを外した。 ネグリジェに手をかけて、一度手を止める。 「……物凄く危ないことしてない、ぼく?」 誰へとなく問いかけてみるが、答えはない。 深くは考えないことにする。 ぼくはミィの両腕を上げて、人形から服を脱がすようにネグリジェを脱がした。思いの外あっさりと脱げるネグリジェ。羽は引っかからない。妖精の身体は、そうできている。 「………」 机に座ったまま、寝息を立てるミィ。 透明な羽、赤い瞳と髪の毛。それ以外は人間と変わらない。飛んでいることが多いので、手足にはさほど筋肉がついていない。細身というより、単純に華奢に見える。 身体の起伏は少なく、胸の膨らみは辛うじて分かる程度。身につけているモノは、両脇を紐で留める白いショーツのみ。 倒れないように支えた左手には、微かな体温が伝わってくる。 完全に無防備な状態で、安らかに寝息を立てていた。 「むぅ」 ぼくはミィの両手を持ち上げ、ワンピースを手に取り頭から被せる。そのまま下に引っ張り、両腕を通し、しっかりと足下まで下ろした。羽は勝手に生地をすり抜けている。 続いて、派手に跳ねた赤い髪を櫛で何度か梳かした。それだけで、跡形もなく消える寝癖。こういう体質は人間として時々羨ましくなる。 最後に帽子を被せて終わり。 「さて、飯にするか」 ぼくはいまだ眠り続けるミィを右手で掴み上げ、テーブルに向かった。 昼過ぎの学生食堂。学生は少ない。 時々、ぼくとミィのことを興味深げに眺める学生もいる。妖精と契約している大学院生として、学内でもぼくは結構な有名人なのだ。 「ねえ。マスター」 食べていたサンドイッチから口を離し、ミィはぼくを見上げた。 スプーンを置いて、ぼくはテーブルに座ったミィを見つめ返す。 「何だ? 疲れてるから手短に頼む」 「わたし、眼が覚めたらいつもの服に着替えてあったんだけど、どうして? 着替えた記憶がないんだけど……。昨日はちゃんと寝間着に着替えて眠ったのに」 赤い眉を寄せ、自分の身体を見下ろす。 学長との面談が終わってから、ミィは目を覚ました。早くに起そうとしたからだろう。きっちりと目を覚ましたのは、ついさっきである。ミィに着替えた記憶はない。 「今朝方、ぼくが『着替えてくれ』と頼んだら、眠ったまま着替えた。眠ったまま質問に答えるから、レベルアップしたらしい。寝ながら動ける原理は知らないけど」 ぼくは平然と言い放った。 ミィはふわりと浮き上がり、ぼくの眼前まで飛んでくる。腰に手を当てて、ぐっと眉を斜めにしていた。本人は怒っているつもりなのだが、迫力はない。 「マスター。わたしの着替え見たの?」 「いや。服脱ごうとする気配を見せたから、ぼくは部屋を出たぞ。朝食食べてから戻ったら、着替え終わってベッドに寄りかかって寝てた」 再び、言い切る。 睨み合うこと約十秒。 ミィは訝しげに首を傾げながら、テーブルに降りた。当たり前であるが、眠っている間の記憶はない。ミィにぼくの言葉を確かめる術はない。 やがて、追求を諦めたのか、ミィは再びサンドイッチを食べ始めた。 |