Index Top 第2話 昨日とは違う今日 |
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第5章 コロッケとお礼と |
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微塵切りにしたタマネギと挽肉をフライパンで炒める。平行して、ジャガイモを茹で、皮を剥き、マッシャーなどを使い、潰していく。まだ熱いうちに、挽肉とタマネギを加え、塩こしょうで味を調え、ざっくり混ぜ合わせる。 リクトはボウルに卵を割り入れ、菜箸でかき混ぜていた。頭に三角巾を巻き、エプロンを着けた料理スタイルである。 「ワクワクテカテカ、ギゴギゴ……!」 背後から感じる輝くようなオーラ。 振り向くと、博士帽子を被り白衣を纏った猫のような猫でない生物が、瞳を輝かせながらリクトを見つめていた。周囲にきらきらと輝く何かを纏いながら。 朝顔を合わせたギゴ教授である。 「おい、小僧。何故こいつを連れてきた?」 逆向きに椅子に座ったジュキが、ジト眼でギゴを睨んでいる。白い狐耳を伏せ、尻尾をゆっくりと左右に動かしながら。 リクトは菜箸の頭でこめかみを掻いた。 「帰りに会って料理の話になって……。材料持ってきたらコロッケ作るって言ったらすぐに用意してきたんだよ。せっかく材料も用意してくれたんだし、コロッケ作ろうってことになった」 起こった事を簡潔に説明する。 家に戻る途中ギゴに会い、世間話から料理の話となり、コロッケの話となり、リクトは材料があれば作ると言った。半ば冗談だったのだが、直後ギゴは疾風のごとく消え去り、数分後大量のジャガイモとタマネギと挽肉を持って戻ってきた。 今さら冗談だと言うこともできず、こうしてコロッケを作っている。 「姉様、いいのか? こんな野良猫家に上げてしまって」 ため息混じりに、ジュキは視線を動かした。警戒するように目蓋を下ろし、ギゴを睨み付けている。口元に見える尖った犬歯。殺気こそ纏っていないものの、必要ならば躊躇無く攻撃すると、無言で主張をしていた。 苦笑いを浮かべ、ミナヅキが口を開く。 「ギゴ先生には、わたしたちも日頃からお世話になっていますし、お料理くらいは食べさせてあげてもいいと思いますよ。それに、材料を用意したのはギゴ先生ですし、料理を作るのはリクトさんですから、わたしたちはあまり口を挟めません」 「むぅ」 口を閉じるジュキ。 材料を持ってきたのはギゴであり、料理を作るのはリクトである。ミナヅキとジュキは食べるだけなので、料理に対しての発言権が低いのだ。 「オレ、大勝利!」 両腕を振り上げ、ギゴが宣言する。 呆れたように吐息しているジュキ。 「というわけで、リクトの兄ちゃん。コロッケ揚げたて山盛りで頼むぞ!」 瞳をきらきらと輝かせながら、ギゴは手をリクトに向けた。猫の手をそのままデフォルメしたような前脚である。ぬいぐるみのような見た目だが不思議と人間並に物を掴んだり動かしたりできるようだ。 リクトは目蓋を下ろし、釘を刺した。 「全部食べないでくださいよ?」 「分かってるって。オレは他人のコロッケを奪うような野蛮な真似はしない」 きっぱりとギゴは断言した。 椅子の上に小さな椅子を乗せ、そこに座っているギゴ。目の前に置かれた大皿には揚げたてのコロッケが小山に盛られていた。三十個作ったうちの二十個である。 「いただきます」 ギゴは箸でコロッケを摘み、口元に移動させた。キツネ色の衣に包まれたジャガイモと挽肉。微かに甘い香りと、美味しそうなジャガイモの香りと、微かな湯気が漂っている。 さくっ。 ギゴはコロッケの半分を口に入れ、噛み千切る。 箸で摘んでいた半分は一度放し、静かに口の中のコロッケを咀嚼する。眼を閉じ、何かを悟ってしまったような穏やかな表情で、コロッケを飲み込んでいく。 満足げに息を吐き出し、ギゴは呟いた。 「嗚呼。オレ、今至福の時……」 幸せそうな声である。 「………」 「……」 リクトも、ミナヅキもジュキも、大人しくギゴの食事を眺めていた。周囲に無形の結界が張られたような錯覚。下手に口を挟めるものではなかった。 恍惚とした表情でコロッケを口入れ咀嚼し、飲み込む。 続けて二個コロッケを食べてから。 ギゴは不意に言ってきた。 「異世界から来たかもしれない人間か」 焦茶の瞳がリクトに向けられる。鋭くもない、圧迫感があるわけでもないい、貫き通すような力も無い。ただ見つめるだけの静かな眼差しだった。 リクトは頬を強張らせ、身を乗り出した。 「――って、何で知ってるんですか? 俺、ギゴさんに話しては居ませんけど」 「わたしも話した記憶は無いですよ」 ミナヅキが付け足す。 リクト自身がどうな存在なのか。それは一度もギゴに話していない。しかし、口ぶりからすると、リクトがどのような存在なのか知っているようである。 両手を広げ、ギゴは軽い口調で説明した。 「あれだ。噂は千里を走るってヤツだな、ゴルァ。口コミ情報っていうものは、時にネットの速度すらたやすく凌駕するものだぞ。どうでもいい噂話から、重要情報まであっという間に拡散するもんだ」 「相変わらず胡散臭いヤツじゃの」 片眉を下げ、ジュキが胡乱げにギゴを見つめる。警戒するように尻尾を立てていた。過去に何かあったのかもしれない。 横を向き、ギゴは軽く息を吐いた。 「機密情報扱いはされてるけど、あの御大も隠す気もないようだし。リクトの兄ちゃんの事は、もうあちこちに広まってるし、今じゃ結構な有名人だぞ、ゴルァ。あくまで知っているヤツは知ってるって世界だけどな」 軽い口調で続けてから、コロッケを摘み口に入れる。 「うまー」 幸せそうに息を吐き出し、したり顔で頷いた。 「冷めたコロッケもいいけど、やっぱり揚げたては別格だな。うんうん」 リクトは椅子に座り直し、髪の毛を指で梳いた。細く滑らかな紺色の髪の毛。ミナヅキの髪は見た目も手触りも人間と変わらない。一本一本まで細かく作ってある。 コップの水を一口飲み、ギゴが口を開いた。 「リクトの兄ちゃん。ところで、自分の身体は見たのか? 元々の身体。あいつらがそっちを捨てるとは思わんから、どっかに保管してあると思うんだが」 昼間、ホージオに言われた事を思い出し、リクトは眉間を指で押さえた。 「見てはいないですけど、五百個くらいに分解されているらしいです。時期が来たらくっつけて、俺の精神をそっちに戻すとか言われました」 「……全く、ここの連中は遠慮ってヤツを知らんぞ、ゴルァ」 額を抑え、呆れたようにギゴが呻く。 全身をばらばらに解剖して、脳も十個に分解してあると言っていた。もはや標本状態である。生きているとは思えない状態だが、くっつければ元に戻るらしい。普通に考えれば蘇生は不可能だが、何かしらの方法があるのだろう。 腕を組み、ギゴは首を傾げていた。 「一応元の身体が無事って事を考えると、精神移植じゃないよな。遠隔精神接続か……? というと状態固定と遠隔共鳴法使ってるのか? その割には馴染み過ぎてるけど、御大何したんだ、ゴルァ……。術式解析してみないとわからんか。御大に訊いても答えてくれるとも思わんし」 と、リクトを見る。信じられないものを見るように。 リクトは右手を握りしめた。ごく自然に指が動き閉じられる。リクトがミナヅキの身体を動かすことに問題や違和感はない。しかし、思っている以上に無茶なものらしい。ギゴは術の知識があるため、その非常識さが分かるのだろう。 数秒リクトを眺めてから、ギゴは首を左右に振った。博士帽子のツバに付いた房が一緒に揺れている。分からないと判断したようだった。 「ところでお前さん、嬢ちゃんの身体をどれくらい動かせる? 人間的に手足を動かしたりじゃなくて、液体状に溶かすとか形を変えるとか。つまり、その身体で妖術使えるかって事なんだが。鋼液の術だったっけか?」 左手を上げ、もこもこと動かしてみせる。 デフォルメされたぬいぐるみのような手。正確には前足である。おそらくギゴも魔法で身体構造を組み替えられるのだろう。 「そっちは全く分かりませんね」 乾いた笑みを浮かべ、リクトはあっさりと返した。 笑顔を引っ込め、ミナヅキが続ける。 「リクトさんが鋼液の術を扱うのは、わたしは無理があると思います」 「だろうな」 目を閉じ腕を組み、ギゴは肯定した。 一般人として生きてきたリクト。術の知識はなく、術に触れたこともない。その素人が複雑な妖術を扱うのは、普通に考えても無理があった。しかし、ホージオはリクトが妖術を使えるようになる事を期待している。 「よっし。これは今回のコロッケの礼だ」 ギゴの台詞は唐突だった。 右手を白衣の懐に入れ、何かを取り出し。 無造作に放り投げてきた。 緩い放物線を描いてくる小さな何か。 ぱし。 ミナヅキが手を伸ばし、それを受け止めた。固い感触。 手を広げてみる。手の平に乗っていたのは、トゲトゲした物体だった。大きさは胡桃ほどだろう。色は白く手触りは硬い。 「何ですか、これ? 金平糖……?」 リクトは訝る。見たままを言うなら、大きめの白い金平糖だ。しかし、それが見た目通りの金平糖であるはずもない。淡い奇妙な気配を纏っている。 視線で問いかけると、ギゴが答えた。 「オレの魔法力の結晶だ、ゴルァ。リクトの兄ちゃんの感覚と、ミナヅキの嬢ちゃんの身体の『つなぎ』に使える――と思う。そういう方法があった……ような気がする」 曖昧に良いながら、ギゴは視線を逸らす。 平たく言えば接着剤のようなものだろう。リクトの精神とミナヅの身体を、より強固に接続する。詳しい方法はギゴも知らないが、魔法力の結晶を上手く使えば、リクトもミナヅキノ妖術が使えるようになるかもしれない。 手の中の金平糖を見つめ、リクトは首を傾げる。 「どうやって使うんです?」 「多分」 ミナヅキが動いた。 リクトの思考を置き去りにして、躊躇無く身体を動かしている。 口を開け、手に乗せていた金平糖を口に放り込み。 ごくん。 と、呑み込む。 「!」 リクトは身体を強張らせた。だが、もう遅い。止める間も無かった。ギゴの魔力結晶は喉を通り過ぎ身体の奥深くへと落ちていく。 ミナヅキはあっさりと言った。 「これでいいでしょうか?」 「あ、ああ――」 おののきながらも、ギゴは頷いた。 |
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