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第16話 ラセンへの贈り物 |
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「なに?」 瞬きをして、ラセンはルクを見上げた。 フリアルに作られた姉妹。ラセンの精神はともかく、この人形の身体は魔術師フリアルに作られたものだ。自分と同じものが目の前にいる。自分のような者が他にいるとは考えたこともなかった。 「ワタシが動いたのハ、二十年くらい前ですケド」 淡泊な表情でルクが付け足す。 二十年という月日。動いてから一ヶ月程度のラセンには想像も付かない時間だ。ともあれ、ルクはそれだけの年月を生きている。 「それが、こんな所で何してるのだ?」 腕組みをして訊く。 会って数分も経っていないので、ルクの素性や性質はわからない。だが、人間の姿になれるスライムである。見た感じ頭は緩そうだが、身体の自由度はかなり高いだろう。それがこのような食堂でアルバイトをしている理由が見当も付かなかった。 単純に生活費を稼ぐためでもあるまい。 「ワタシはご主人サマの身の回りのお手伝いをするように作られましタ。でも、家事や料理だけでなく、金銭的なお手伝いもしたいと思いましたので、お料理の練習を兼ねテ、こちらでアルバイトをさせて貰っていマス」 真面目な口調で言ってくる。 何も言えず、ラセンは肩を落とした。狐耳を伏せ、尻尾を垂らす。身体を襲う脱力感。ご主人様、お手伝い、金銭的。それらの言葉で、ルクがどのような立場なのか分かってしまう。そして、似たような存在の自分も、ルクと似たようなものになるかもしれない。それはあまり歓迎できないことだった。 セリスタが笑いながら付け足してくる。 「アルバイトって言っても二十年もやってるから、ほとんどうちの料理長だけどね。ボクより料理上手いし。親父とお袋から直々に教えられてるからな」 「料理長って……」 オーキが驚きの眼差しをルクに向けていた。 継続は力なり。二十年も続けていれば相当な技術になる。店主として料理以外の事をしているセリスタよりも、料理だけを続けてきたルクの方が技術は上なのだろう。 ともあれ。 ラセンは目蓋を少し下げた。 「お前のゴシュジンサマって何してるんだ?」 「街外れの見張り台で小説家をやっていまス。それなりに有名なんですヨ?」 ルクが手を横に向ける。住んでいる家の方向らしい。 数十年前、近隣の国と小さな紛争があった時に立てられた見張り台。それが今も残っていて、誰かが家代わりに使っているという話は、ラセンも聞いたことがある。その誰かがルクのご主人様らしい。 「ノート・サジムって知ってる?」 楽しそうにセリスタがオーキに訊いている。 「いえ……」 曖昧な笑みを浮かべ、オーキが首を振っていた。ラセンが見ている限り、同世代の人間よりも本は多く読んでいるだろう。もっとも読むのは教科書や趣味に関わる本である。小説類はほとんど読んでいない。小説家の名前は知らないようだった。 「ところでラセンさん」 ルクの緑色の瞳が、ラセンに向けられる。感情の映らない淡泊な眼差し。ラセンの身体を、いやそのさらに奥を見透かすような眼だった。 「あなたは、基幹情報の固定化はまだやっていないですよネ? クリムさんに頼めば固定化の術式組み込んで貰えますヨ? それほど難しいものではないようですシ」 「断る」 眉を傾け、ラセンは言い切る。 「アタシにはアタシの意地がある」 威嚇するように白い歯を覗かせ、赤い瞳をルクに向けた。 分かってはいる。固定化はそれほど手間の掛かることではない。クリムも無償で作業をすると言っていた。基幹情報の固定化を行ってしまえば、いちいち生きた人間の情報を取り込む必要もない。 だが、その前にケジメは付けるつもりだった。 頭を掻き、ルクが眉を寄せる。 「……固定化は必要だと思いマスけど。ワタシもお腹が空くとご主人サマ食べたくなっちゃいますシ。ラセンさんがお腹が空くとどうなるかは知りませんケド」 「怖い事言うな、お前は」 無造作に放たれた一言に、ラセンは半歩退いた。 オーキも口を閉じてルクを凝視している。人間と同じ大きさに加えスライムという構造のためか、物理的に人間を食べられるようだった。大人しそうに見えて物騒である。 「………」 ラセンは無言でオーキを見る。何も言わぬままオーキはため息をついて首を振った。 視線を戻すと、ルクは平然と続けた。 「ラセンさんが何を考えているか、ワタシはよく分かりませン。でも、お腹が空くのは身体によくないのデ、これをどうぞ」 両手を合わせ、手を開く。 その手には青い直方体が乗っていた。一辺五センチほどの四角形。半透明な青色で向こうの景色が透けている。色付きガラスのようにも見えた。 ルクがその直方体をラセンの前に置く。 「何だコレは?」 指でつつきながら、ラセンはルクを見上げる。触った感触は硬い。頭に浮かんだのは飴細工だった。自分の身体を四角く固めたものであると簡単に想像が付く。しかし、それがどのような意味を持つのかは理解できない。 「ワタシの基幹情報の欠片デス。お腹が空いたら使って下さイ」 「………」 口を閉じ、尻尾を垂らしつつ、ラセンはルクを見上げた。 これがあれば、オーキの体組織を接種せずとも身体が維持できる。それがどのような意味を持つのかしばし考えてから、 「ああ。ありがたく貰っておく」 ラセンは頷いた。 |
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