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第8話 魔術人形の仕組み |
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クリムはテーブルの上に立っている人形を眺めた。 ラセンと名乗っている魔術人形。今は居候のオーキの所有物となっている。黄色い瞳でじっとクリムを見上げている。足元に敷かれた大きな白い紙。 紙に魔力を走らせ、クリムは呟いた。 「術式転写」 ラセンを中心に魔力が走り、術式が展開する。白い紙に文字と線、図形、記号が画かれていった。数秒で紙全体を埋め尽くす大量の絵。あらかじめ複写用の魔術を乗せた紙に、対象の機構内部の術式を写し取る魔術だった。 「なるほど」 展開された術式図を眺め、クリムは頷く。 「これが、アタシの術式なのか?」 「読めるのかい、あんた?」 興味深げに術式図を見下ろしているラセンに、クリムは尋ねた。大型魔術を構成する術式の設計図。生身と変わらない程度に動いている人形の構成術式は、非常に複雑なものとなっていた。素人には読めないし、熟練者でも読むのは苦労する。 「いや、全然」 両腕を広げ、ラセンはそう答える。 髪の毛を指で梳いてから、クリムは術式図を眺めた。 「このごちゃごちゃに散らかった部屋のような癖の強い術式構造は、まさにオヤジの作ったものだ。あんたを作ったのも、間違いなくオヤジだろうね」 服に書かれている名前と単純な趣味から、このラセンは父であるフリアルが作ったものとは分かっていた。そして中身を見て改めて確認する。秩序だって散らかった部屋と表現される癖のある術式は、まさにフリアルのものである。仕事で作るものは極力平坦にしているが、ラセンは趣味で作ったためそのような調整はされていない。 「そうか。なら、早くアタシをこの身体から解放してくれないか?」 両腕を組み、ラセンが唇を曲げ、尻尾を一振りした。自分は別の身体からこの人形に封じられた、と考えている。そのような人格設定がなされているらしい。 「無理だ。あんたの身体から中枢部分取り外したら、壊れてしまうよ。そもそも、夜狐の女王というのは実在しない。あんたが自分を夜狐の女王と称しているのは、オヤジがそう設定しただけだよ」 「くぅ……」 親指を噛み、狐耳を伏せる。自分がおかしな人格設定をされた魔術人形であると認める気は無いようだった。困る理由もないので、深くは言わない。 「あと、ひとつ。気になる事がある」 術式図を指でなぞりながら、クリムは苦笑とともに呟いた。 「何だ?」 「あんたの身体や思考は、人間の生体情報を取り込む事で安定化させている」 人型の図を中心として展開されている命令文と記号。無機質な人形を生きているように動かす根幹部分の術式だ。人格や思考の基礎部分から身体の動かし方などまで多くのことが決められている。その部分が完全に固定されていない。基幹情報は時間とともに消費されていく。補充されなければ、いずれ空になるだろう。 「ふんふん」 したり顔で頷いているラセンだが、おそらく分かっていない。 だが、気にせず続ける。 「かなり長期間放置されていたせいで、その情報がほとんど空になっている。まだ目立った異常は出てきていないけど、このまま放っておけば早くて数日中に機能障害が出始め、最終的に機能停止になるだろうな」 「待て」 目を見開き、尻尾を立てるラセン。頬を流れる冷や汗。無駄に作り込んである反応だ。機能停止がどのような事かはさすがに理解できるようだった。 「で、それを防ぐ方法なのだが……」 術式図を指でなぞってから、クリムはラセンを見る。にっと笑って告げる、 「まあ、あれだ。オーキから精を貰え」 「へっ?」 ラセンが目を点にした。 感情を表すように持ち上がっていた尻尾が落ちる。 「魔術学的な方向から見ると、男の精は生物報を大量に含んだものの筆頭だ。さすがに脳髄などには届かないけど。あんたも子供じゃないんだ。意味は察しなさい」 笑いを堪えるように手で口元を隠し、クリムは続ける。基幹情報の補充に、人間の部品を必要としている。汗や唾液などから血肉、さらに神経や脳髄まで。 「待て、待て!」 慌てるラセン。 「別に血や肉でもいいのだけど、推奨は男の精らしい。というか、そう書いてある。なりは小さいが、男と交わるくらいの柔軟性はあるようだし、頑張りなさい」 「なんだソレは、ふざけているのか!」 右手を握り締め、身体を震わせている。怒るのは当然だろう。 「ふざけているんだろうな……あのムッツリスケベの事だから」 他人事のようにクリムは呻いた。 生きていた頃の父を思い浮かべてみる。真面目なように見えて、かなりぶっ飛んだ性格だった。エロジジィ、ムッツリスケベ、変態爺さん。そう陰で呼ばれていた。面と向かって言われたことも一度や二度ではないらしい。ラセンをこのような形にしたのも納得が行ってしまう。 「クソジジィ、いつかぶっ殺してやる……」 「もう三年前に死んでるけどね」 クリムはそう呟き、窓の外を眺めた。 |
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