Index Top 第9話 橙の取材 |
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第4章 居候はまた増える |
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空はすっかり暗くなっていた。 街灯りが滲む黒い空に、ちらほらと星が散らばっている。星座の知識はあるが、見える星自体が少ないため、何の星座があるのかは分からなかった。 隣を飛んでいるシゥとノアの羽の燐光が散っている。 「中里千景」 「何だ?」 声を掛けられ、千景は視線を落とした。 左脇に抱えたニニルへと。 「私は荷物ではありません。脇に抱えるのはやめなさい」 眉間にしわを寄せ、ニニルが見上げてくる。 退魔師協会にニニルを連れていった帰りだった。事情を聞かれてから、ニニルに拘束術式を施す。そして、帰宅となった。思ったよりも早く終わった。 小さく吐息してから、千景は右手をニニルの頭に乗せる。 「これが一番持ちやすいんだけどな。妖精炎封じかけられてるから飛べないし、歩くのも無理だろ? おとなしく抱えられておけ。それともお姫様抱っこの方がいいのか? ミゥは肩車が好きみたいだけど。要望があればそれくらいはするぞ?」 「……」 げんなりと肩を落とすニニル。手首と両足首、そして首に嵌められた木製の輪。月雲の樹術を軸にして作られた拘束具。見た目は小さいが、妖精炎の顕現を封じる枷だった。 「屈辱ですわ……」 頬杖を突くように右手を顎に添え、呻く。 千景は横に目を移した。 「本当にしっかり聞き出してるな」 シゥが両手で抱えた書類を眺めている。青い氷の羽を作り出し、空中を移動している。羽から響く微かな音。空中の水分を凍らせているようだった。 手に持っているのはニニルの事情聴取書類のコピーである。協会支部で貰ったものだ。幻術をかけて聞き出した事に注釈や他の情報を加えて、報告資料としてまとめてある。 シゥの隣を無言で漂うノア。背中からカラスのような黒い羽を出していた。 一通り読んだ書類を封筒にしまい、シゥが目を移す。千景が抱えたニニルへと。 「にしても、何でこっちに渡してきたんだ? 協会の方で監禁なり投獄なり、煮るなり焼くなり解剖するなりしてくれりゃいいのに。どうしてオレたちがこいつの面倒見なきゃいけないんだよ。めんどくせぇ……」 遠慮なく言ってのける。 自分に向けられる視線に、きっちりと睨み返すニニル。 生ぬるい夜の空気。六月下旬ともなると夜でも気温が高い。まだ夏本番ではないためまだいくらか涼しいが、真夏になるとこの時間でも熱気が残っている。 千景は目蓋を下ろし、 「同族の事は同族でってのもあるだろうけど、どうやらフィフニル族を俺の所にまとめて置いておきたいみたいだな。何の理由があるのか、見習いの俺にはわからないが」 協会の考えている事はいまいち把握しにくい。フィフニル族を全員千景の元に集めておきたいという考えは見えるが、その目的が理解できない。正式退魔師でもない見習いの身分では触れない情報も多いのだが。 ニニルの頭に手を乗せ、シゥに声を掛ける。 「とりあえず、こいつは俺の部屋に置いておく」 「いいのか?」 驚いたように眉毛を上げるシゥ。現在のニニルの妖精炎出力はシゥの三十倍以上ある。千景がどうこうできるレベルではない。妖精炎を顕現させた瞬間、反動が直撃するとはいえ、暴発に巻き込まれれば命はないだろう。 しかし、千景はニニルの手足と首に嵌められた木の輪を指差し、 「第六型拘束術だ。バケモノを動けなくするような代物だし、まず壊せないだろ。それに、お前らじゃ、何かあった時これの術式動かせないだろ? 妖精炎で制御できるようにするのは手間だし。俺も一応切り札も貰ったし、死ぬ事はないと思う」 暴走したニニルを止める準備はしてある。枷と可変式の封印術、加えていくつかの術も教えられた。まず対処できるだろう。まるでニニルが千景の血を摂取する事がわかっていたような流れだった。実際に何かしらの方法で予知していたのかもしれない。 「分かったよ。でも、何かあった時は言え。オレがぶった斬るから」 青い瞳に殺気を灯し、シゥがニニルを睨み付ける。右手が背負った氷の剣の柄に添えられていた。白い柄と幅広の青い氷の刃を持つ大剣。単純に氷の大剣と呼んでいる兵器。その力は千景自身身を以て知っている。 「何かあったのか? えらく嫌ってるが……」 率直な問いに、シゥが表情を曇らせた。 「うーん……昔から色々と、な。話すと長くなるし、オレもあんまり思い出したくないんだけどよ……。手短に言って、こいつはややこしい状況に首突っ込んで、さらにややこしくする天才なんだよ。今回みたいに。一度や二度じゃないぞ」 額を押え、首を左右に振る。長いツインテールが揺れていた。 ニニルが無言で視線を逸らしている。自覚はあるようだ。 腕を組み、シゥが続ける。既に殺気は消え、単純な愚痴となっていた。 「オレも一回死にかけたし、ミゥは暴走してこいつとっ捕まえて本気で人体実験やり始めたし……さすがにそん時は逃げられたけどな。とにかくそういう実績があるんだよ」 「凄いな……」 かなり本気で感心しつつ、千景がニニルに目を向けた。時折その手の人間は見かける。ニニルもその類のようだ。しかも天才。 「くっ」 頬を赤く染めながら、ニニルが呻く。 が、千景に抱えられているため逃げることはできない。 ニニルは大きく息を吸い込み、千景を見上げた。 「ひとつ質問があります」 「何だ?」 返す。 「司祭長があなたを『ご主人様』と読んでいますが、どういう事ですか?」 右手を向けてくる。不満そうに眉を傾けながら。司祭長たる人物が一介の人間をご主人様と呼んでいる光景は、見ていていい気がしないだろう。 その問いに答えたのは千景でなくノアだった。黒い瞳でニニルを見据え、口を開く。あらかじめ用意された文章を読み上げるような口調で。 「この国では家政婦は勤め先の人間をご主人様と呼びます。居候の対価として家事をしているピアが千景さまをご主人様と呼ぶのはごく自然なことです」 「………。微妙に間違ってません?」 「問題ありません」 眉を寄せるニニルに、きっぱりと言い返す。 ニニルがシゥに目を移した。橙色の瞳に浮かぶ、困惑の色。ノアを指差しながら、 「ヴェイルシアス……。この黒いの……なんというか、雰囲気変わっていませんか? 以前見た時はもっと、こう……機械的な感じだったと記憶していますが……」 しかし、シゥはあっさりと答えた。 「異文化交流ってヤツじゃないか?」 「絶対に違いますわ……」 頭を押え、ニニルが呻く。 無感情に淡々と機械のように振舞っているノア。人間である千景や、フィフニル族であるピアたちとも違う地平を生きている。ピアやシゥの話では以前はもっと淡々としていたらしい。人間の文化に触れたことで、考え方が少し変わったのだろう。 方向性が少しズレているようにも思えるが。 ともあれ、千景は口を開いた。 「なあ、シゥ。一応確認しておきたいんだが――」 ニニルが来た時から気になっていた事。 シゥも察したのだろう。どこか呆れたように言ってきた。 「オレの本名はシゥ・ブルード・ヴェイルシアス、ミゥの本名はミゥ・グリーム・ウールズウェイズ、ノアはノア・ダルクェル・ゼヴィナル、ネイはネイ・レイドラース・ケイルディウス、ピアはピア・ウィルトヴィフ・フィフニルだ」 「聞かなかった事にしていいか……」 目を閉じ、囁く。 「それがいい」 両腕を左右に広げ、シゥが苦笑いを見せた。 ニニルが無言で千景を見上げている。何か言おうと口を開きかけるが、何も言えぬまま口を閉じた。呆れているのだろう。 千景はあえて無視した。 「で、ニニル」 不意に声を掛けられニニルがシゥに視線を向ける。 「お前掃除係な」 「はい?」 いきなり告げられ、気の抜けた声を漏らすニニル。 夜十一時。 千景の部屋の隅に小さな布団が敷かれている。布団の横に置かれた箱にニニルが持っていた私物が置かれていた。壁に掛けられたハンガーにニニルの来ていた白黒のコートがかけてある。 「ひとつ質問です」 布団の上に座ったまま、ニニルが睨んでくる。 「何故私だけがあなたの部屋で寝泊まりしなければならないのですか?」 ベッドに腰掛けたまま、千景はニニルに指を向けた。手首と足首、そして首に巻かれた木の輪へと。第六型拘束術。八段階ある拘束術の六番目であり、一級退魔師でもまず外せないほどの重拘束である。退魔師協会支部に置いてあるようなものではないが、何故か置いてあった。誰を拘束する目的で置かれていたのかは分からない。 「その封印術は人間の術だから、何かあったら俺が何とかしないとマズい。それに向こうに置いておいたら、危険だ。シゥとミゥは半分本気だぞ。本当に何やったんだか」 ジト眼でニニルを見つめる。ややこしい事をさらにややこしくする天才。何をやったかは知らないが、シゥとミゥは相当に恨まれているようだ。 「新聞記者として当然の仕事をしたまでですわ」 きっぱりと言ってくる。が、視線が泳いでいた。一応、自覚はあるようだった。自覚はあっても自制する気はないようだが。 「それより、本当に何とも無いんだよな?」 「ええ……。幸いにして」 顔をしかめ、ニニルが頷く。 フィフニル族が千景の唾液や汗を摂取すると、一時的な妖精炎の強化と、それに伴う発情状態が訪れる。ニニルの場合、妖精炎の爆発的な増加は起こっているものの、発情のような副作用は起こっていない。 今後起こらない保証はどこにもないが。 「何かあった時は自分で何とか収めますから、余計な事はしないで下さいませ。それと、もし私に淫らな事をしようとするなら、魔法は使えませんけど、全力で抵抗するのでそのつもりでいて下さいね? 最低限噛み千切りますわよ」 唇を持ち上げ犬歯を見せる。もしかしたら噛み付くのには慣れているのかもしれない。ふとそんな考えが浮かんだ。 「信用無いな……」 「人間の男なんて、ケダモノですわ」 苦笑いする千景に、ニニルは断言した。 その態度に潔癖症という言葉が浮かぶ。新聞記者として人間の事も知っていると自称していた。その過程でフィフニル族には本来存在しない性的な知識を見たのだろう。 その場に立ち上がり言ってくる。 「あと、寝間着に着替えるので、あなたはちょっと出て行って下さい」 「はいはい」 返事をして千景はベッドから腰を上げた。 |
13/7/11 |