Index Top 第1話 唐突な居候たち |
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第8章 自分たちがここにいる理由 |
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抱きかかえていたピアをベッドに下ろす。 闇の結界は解いていないので、周囲は暗く音もない。 ピアは何も言わずに下着を着け、近くに落ちていた長衣を着込んだ。前のボタンを留めてから、近くに置いてあった肩掛け鞄を肩に掛ける。 「落ち着いたか?」 「はい」 眼鏡を直し、ピアは頷いた。 座っている千景に視線を合わせるためか、ベッドの上に立ったまま。その表情は普段のものに戻っている。しかし、初めて会った時や昼間のような緊張は無くなっていた。もっとも、適度に気は引き締めている。 「こういう事するなんて、俺も少し当てられてたかな?」 千景は頭をかいて、呻いた。 人間の、おそらく千景の体液にはピアたちを発情状態にする作用があるのだろう。逆にピアたちの体液も千景に対して似たような作用を及ぼす。 思索はそこで切り上げて、千景はピアを見た。 「やっぱり、こっちにいるのは不安か?」 「はい……」 微かに目を伏せピアが頷く。 千景は天井を見上げた。しかし、天井は見えず黒い闇が目に入るのみ。見知らぬ場所で暮らすというのは、誰しも不安なものである。 「大丈夫だよ。俺たちがちゃんと守る」 ピアに視線を戻し、千景はそう笑った。 「ありがとうございます」 一礼するピア。 千景は続けて尋ねた。 「差し支えなければ、ピアたちがこっちに来た理由を教えてくれないか?」 その問いにピアは少し口元を堅くする。 今まで訊こうと思って訊けなかった問いだ。どうやら望んで人界に来たわけではなく、何かの理由があって仕方なく来た。そして、戻れないようである。 「禁忌を犯した罰としての妖精郷の追放です」 十秒ほどの沈黙から、ピアが口を開いた。 「わたしたちの住んでいた妖精郷に魔物が現れ、フィフニルの大樹にも病魔が取り憑き、妖精郷は滅亡に向かっていました。わたしたちは、多くの犠牲を出しながら戦って魔物を倒し、大樹も蘇生させました。今、妖精郷は無事に復興に向かっています」 「聞く限りじゃ英雄だな。それが何で追放を?」 ピアの話が本当ならば、ピアたちは妖精郷を救った英雄である。感謝されることはあっても、追放されることは無いだろう。 困ったように、ピアは白い眉を寄せる。 「わたしたちフィフニル族は、フィフニルの大樹から生まれます。その大樹に傷を付ける事は、わたしたちにとって最大の禁忌です」 そう前置きした。 木から生まれる――ピアたちフィフニル族は、外見こそ人間に似ているものの、通常の生物とはかなり仕組みが違うらしい。そう考えると色々気になる部分があるが、それは後で考えることにする。 「わたしたちは大樹を蘇生させるために病魔に侵された部分を切り取り、残った部分を継ぎ合わせて新たな大樹を作りました。……弱った大樹にとって、それは枯死か再生かの大きな賭でした」 そう苦い表情を見せるピア。おそらく接ぎ木のような方法で、大樹を蘇生させたのだろう。賭けは成功したようだが、成功率は決して高くは無かったようだ。 「それを実行したのが、ピアたち四人か」 「はい」 神妙な顔で頷く。 自分たちの生みの親である大樹を傷付ける行為。しかも、かなり大規模に行ったようである。結果的に蘇生できたが、その賭けに反発した者はいただろう。 ピアは静かに続ける。やや俯きながら、 「理由はどうあれ、禁忌を犯したのは事実。掟に従い、わたしたちは妖精郷を追放されました。他に方法は無かったという事情もあるため、生活に困らないようにと色々道具も持たされていますし、わたしたちが妖精郷に戻れるように頑張っている人もいます」 道具とは、シゥの氷の剣やノアの腕輪だろう。他にも色々と小道具を持っている様子である。おそらく、ピアが肌身離さず持っている鞄もその類だ。 そして、妖精郷に戻れるように頑張っている人。 「そいつは、ピアたちがこっちで安全に暮らせるように、退魔師協会に話を付けた、と。それで、俺のところに居候か」 おおむね事情は呑み込めた。 ピアたちを支持する誰かが、ピアたちの保護を日本退魔師協会に持ちかけ、協会はそれを承諾した。その間でどのような取引がなされたのかは分からない。結果、何らかの理由で千景がその保護者として選ばれた。 しかし、退魔師協会は積極的にピアたちに関わる気は無いのだろう。禁忌を犯して郷を救った英雄に対する処遇。あくまでもピアたちの問題であり、他者が無闇に口出しするものではない。いや、軽々しく口出しできるものではない。 そこまで考えてから、千景はピアに目を戻す。 「てことは、いずれは故郷に帰るのか」 「はい。必ず戻れるようにすると、ヅィ……わたしたちの仲間が言っていました」 ヅィ。忘れないように記憶しておく。 ピアの口振りからするに、戻れるか否かは半々のようだった。戻れない事も覚悟している様子である。当事者ではないものの、その苦労は千景にも想像がついた。 「なるほどね。ありがとよ、大体分かった」 安心させるように千景はピアに笑いかける。 「何か困ったことがあったら、気にせず俺に相談してくれ。といっても俺もまだ見習いだから大したことはできないけど、愚痴くらいは聞く」 「本当にありがとうございます。ご主人様」 再びピアは一礼した。 千景は手で口元を押さえ、ため息をつく。ピアに気付かれないように。今更ながら予想以上に大きな問題を任されたと自覚させられた。もっとも、見習いの手には余るので、色々と手助けはあるだろう。 そう考えをまとめ、千景は小さく笑った。 「改めて……これから、よろしくな、ピア」 「はい、こちらこそ。これからも誠心誠意、ご奉仕させて頂きます」 快活な笑顔で、ピアはそう口にする。その声には、今までになかった余裕と安心が現れていた。ピアとの距離が少し縮まったように思える。 「それじゃ」 千景は人差し指を隣の部屋に向けた。 「ピアもそろそろみんなの所に戻った方がいいんじゃないか。と……」 そこで言葉を止める。 言うべきか言わざるべきか、かなり本気で迷ってから、千景は勇気を出して尋ねた。 「下着とか、大丈夫か?」 「ぅ…………」 無言のままピアが顔を赤くして、太股を合わせる。 さきほどの事を思い出したのだろう。意識してか無意識か、今まで忘れていたようだった。千景に舐められ撫でられた身体。ショーツもかなり濡れているはずである。一度身体と下着を洗った方がいいかもしれない。 気まずい沈黙が数秒。 「大丈夫です!」 それから、ピアが勢いよく顔を上げた。だが、声が上擦っている。 「妖精炎魔法で何とかします――!」 ぐっと右手を握り締め、きっぱりと言い切った。頬を赤く染めたまま、自身満々の表情である。それは開き直っているようにしか見えなかった。 |
10/12/18 |