Index Top 第3話 浩介の休日

第6章 誘惑 


 重々しく頷く宗一郎。
「猫神の凉子。地位は四級位。この辺りじゃ名の知られたヤツだ。オレと一緒に仕事したのも、一度や二度じゃない。悪い奴じゃないし面倒見もいい。しかも、結構きれいな女の子だ。ただ、ちっとぶっ飛んだ性格だから注意しろよ」
「ぶっ飛んだ性格って?」
 気になって訊く。
 宗一郎は口の端を上げると、
「会えば分かる」
「……身の危険を感じる」
 浩介は正直に呟いた。
 宗一郎も随分とぶっ飛んだ性格であるが、その宗一郎がぶっ飛んだ性格と言うのだ。凉子とやらは、凄まじい性格なのだろう。
「こう言っちゃ何だが、オレにできる仕事はそんなに多くない。今日は……そうだな。修復の術を教える。これから何かと必要になってくるからな」
「修復の術……何かを直す術ですか」
「ああ」
 宗一郎は頷いた。
 そういう術があるのは知っている。ただし、生物とは違って無生物は再生能力を持っていない。再生能力を活用する治癒の術に比べて、難易度は高い。
「退魔師は職業柄、事故で何か壊すことも多いからな。自分で壊したものは、自分で直さなきゃいけないんだ。じゃないと、役所に修理代請求されるからな……。人間じゃないとはいえ、お前も似たようなものだ」
 愚痴ってため息を漏らした。
 退魔師の給料の半分は、国が支給している。残りの半分は、日本退魔師協会と呼ばれる非公式法人から支払われていた。武器や道具の購入から治療まで、保険はあるものの基本的に諸経費は自腹。総じて退魔師は貧乏である。
「覚えておくと便利だぞ。そのうち使うようになるし、自分で何か壊した時も直せるからな。じゃ、さっそくリビングを直すか……いくぞー」
 宗一郎は立ち上がった。
 だが、思いついたように動きを止めて、
「その前に、ひとつ頼みがある」
「何ですか?」
 浩介は目蓋を下ろして、宗一郎を見つめた。
 目付きが怪しい。
「尻尾触らせてくれないか? 一度触ってみたいと思ってたんだ、狐の尻尾」
「絶対に嫌です」
 わきわきと生き物のように蠢く十指を凝視し、浩介は首を振った。尻尾を触りながら、油断した隙に他の部分を触るつもりだろう。全身でそう主張している。というか、尻尾だけで満足する理由が思いつかない。
 宗一郎は口を尖らせ、
「けちー」
「触ったら燃やします」
 威嚇するように狐火を作る。
 浩介の右手に燃える青白い炎を見つめてから、宗一郎はリリルに目を移した。
「リリルちゃーん、尻尾触らせ――」
 ガスッ。
 宗一郎の顔面に、リリルの両足がめり込んだ。床を叩いて跳ね上がり、華麗に空中を舞ってから、強烈なドロップキックを喰らわせる。
 ぐらりと傾く宗一郎。
 顔を蹴って空中で一回転し、テーブルの上に仁王立ちするリリル。
 倒れる宗一郎に中指を立てる。
「死ね。エロオヤジ」
「銀髪褐色肌のロリ悪魔っ娘に白猫帽子白ワンピ、そして黒スパッツか……。誰だか知らんが、激しくGJ……ぐぼ!」
 リリルが宗一郎の顔面に飛び降りた。
 痙攣したように手足を伸ばし、脱力する宗一郎。
 一仕事終えたような表情で額を拭ってから、リリルは爽やかに笑った。
「悪は滅んだ」
「殺すな! てか死んでない! 降りろ、リリル!」
 言われた通り、顔から降りる。
 宗一郎は口を半開きにし、白目を剥いている。見事に気絶しているようだった。しかし、鼻血も出ていない所を見ると、頑丈らしい。さすがは本職退魔師。
 浩介は宗一郎の傍らに移動すると、指で顔をつつく。
「大丈夫ですか? 宗一郎さん」
「89センチのDカップ。理想的なお椀型で、張り柔らかさともに優秀。大胸筋もしっかりしていて、形も崩れていない。総合は、九十二点……ごふッ!」
 浩介の拳が、宗一郎の顔面にめり込んだ。
 乳房を揉んでいた右手が、床に落ちる。
 浩介は立ち上がって、リリルを見つめた。無感情に言う。
「リリル。宗一郎さん埋めるから手伝ってくれ」
「オーケイ」
 無感情に応えるリリル。
「お前ら、人のことを何だ……がほっ!」
 浩介とリリルの踵が、宗一郎を黙らせた。


 浩介はベッドの上に倒れ込む。
 二時間かけて術を覚え、一時間かけてリビングを修理。その後、冷やしうどんを作り、なぜか宗一郎と一緒に夕食を取ってから、食器の片付け。
 宗一郎は笑いながら帰って行った。
 枕元の時計を見る。
 午後七時三十分。
 浩介は尻尾を一回跳ねさせると、ベッドから起き上がった。机に移動し、パソコンの電源を入れて椅子に座る。
「一週間分、溜まってるだろうなー」
 大漁予想に笑みがこぼれた。
 ほどなく窓OSが立ち上がる。
 手慣れた手順でネットを立ち上げ、お気に入りから『イラスト掲示板』のフォルダを開いた。ずらりと並ぶ二十ほどの画像掲示。
 ぱたぱたと尻尾を動かしながらサイトを開き、さくさくと画像を保存してく。
「大漁、大漁♪」
 無論、全て二次元画像。三次元画像は保存しないのが原則だ。イラストを一別して合格か不合格かを即座に判断する。躊躇してはいけない。合格ならば、フォルダに保存。振分けは週末にまとめて行うのが、浩介の流儀だった。
 年齢、服装、色遣い、格好、画風。一見同じようで、全てが違う少女たちのイラスト。思うままにフォルダに保存していく。
 百枚ほど保存したところで、浩介は手を止めた。
「………なんというか」
 画像を保存しながら、人差し指を噛む。
 いつの間にか、身体の芯が熱く火照っていた。エアコンは除湿。部屋は涼しい。対照的に身体は熱を帯び、頬は赤くなっている。手足の先に何とも言えぬくすぐったさが浮かんでいた。ぞわぞわとした寒気。つま先が勝手に動いている。
 浩介は乾いた唇を舌で舐めた。柔らかい唇。ディスプレイに薄く映った自分の顔を見つめ、誰へとなく言い訳する。
「……女になっても、俺は俺なんだし。うん。誰かが困るわけでもないし、問題ないよな。うん。これが他人だったら強制猥褻だけど、自分の身体を触るのは合法だし。うん。リリルもリビングでテレビ見てるし、いつもの自家発電だからな。うんうん」
 何度も確認するように頷いた。
 素早く室内に視線を走らせ、耳を澄まし、鼻を動かす。誰もいないことを確認。唾を飲み込んでから深呼吸をした。形容しがたい背徳感に、喉が渇く。
 何も言わぬまま、浩介はそっと自分の右胸に触れた。

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