Index Top 第1話 旅は始まった 

第1章 黒衣の乱入者


「………」
 沈黙。
 奇妙なオブジェのように、頭をアスファルトに突き刺したまま、男が逆立ちしている。両手を使っていないので逆立ちではないだろうが、他に表現のしようもない。
 二秒ほどしてからぽてりと倒れる。
「死んだ?」
 クキィの呟きに応じるように。
 男がその場に跳ね起きた。うつ伏せから両手で地面を叩いて直立姿勢へと。右手でその場にいる黒装束四人を指差しながら、高らかに声を張り上げる。
「さあ、覚悟しろ怪しい奴ら――」
「逃げろ、バカ!」
 クキィの叫び。炸裂音。後ろに吹っ飛び倒れる男。
 黒装束の四人が銃を抜き、迷わず撃った。その弾丸を顔に三発、胸に六発、腹に三発。合計十二発を受けて吹っ飛び、仰向けに倒れる。生身の人間なら粉々、術防御しても致命傷は免れない。
「おあー、びっくりしたー」
 だが、男は何事も無かったように跳ね起きた。
 右手に持った弾丸を眺めながら、お気楽に言ってみせる。心持ち説明っぽく。
「破壊術式強化弾か、こいつは? しかも念入りに急所に十二発も撃ち込んで。問答無用で殺す気だったな……。俺じゃなかったら死んでたぞ。だがしかァし! こんな豆鉄砲、俺には全然効かんッ! 残念だったな」
 弾丸を横に投げ捨て、大見得とともに言い切る。
 クキィは瞬きをしながら、呆然と男を見つめた。訳が分からない。
 破壊術式強化弾頭。強固な術防御をも貫通し、相手を粉砕するオーバーキル目的の弾丸である。一発食らうだけで、良くて致命傷。だが、この男は術防御も無しに十二発も食らって、無傷のようだった。
 あまりに非常識な展開に、黒装束たちも戸惑う。
 それが致命的なミスとなった。
「ケンカの最中にぼけっとするなよ!」
 言い終わった時には、男は既にクキィの左側の黒装束に肉薄している。
 黒装束が即座に防御術を展開した。空中に表れる透明な盾。
「貫けェッ!」
 しかし、男はそれに構わず右腕を後ろに引き、黒装束目掛けて突き出した。突進の勢いを乗せた正拳が、魔力の盾にぶつかる。技術も何もない単純な突き。防御術式の上から術を使わず殴っても、通じることはない。普通なら、普通ならば――
 次の瞬間、黒装束が向かいのビルの壁に激突していた。魔力の盾は易々と砕かれ、拳が顔面に撃ち込まれたのである。それは理解不能な出来事だった。
「次ィ!」
 背後で打撃音。
 黒い影が道路を走り抜ける。紫電が閃き、最初にクキィを撃った黒装束が目の前を飛んでいく。雷撃系の術を放ったようだが、効果もなく蹴り飛ばされていた。
 壊れたボウガンが道路に転がる。
「何なの、これ……?」
 クキィは呆然と呻いた。呻くことしかできなかった。
 黒髪とコートを大きくはためかせ、男が走る。漆黒の瞳を大きく見開き、口元に凶暴な哄笑を浮かべていた。さながら獲物を狙う獣のような姿。ただ、見た限りでは、ご馳走に飛びつく子供のようでもある。
 最後の正面にいた黒装束が、左手を持ち上げ無言のまま魔術を放った。
「無駄無駄、無駄ァ!」
 前に突き出した男の右手に、黒い槍が掴まれる。
「!」
 黒装束があからさまな動揺の気配を見せた。
 当然の反応である。魔力の槍を空間転移を用いて標的に突き刺す、空術・黒穿。回避も防御も不可能な超高等術と言う謳い文句で、事実そのような術だ。だというのに、男は空間転移を無視して槍を掴み止めている。あり得ない。
 最後の黒装束も男の拳一発で打ち倒された。
 クキィを追い詰めていた四人が十秒も経たずに全滅している。
 男はその場でくるりと一回転してから、両足を広げた。左手を腰に当てたまま右手を真上に掲げて、人差し指で天を指して見せる。何かのポーズのようだが――
「勝利ッ!」
 勝利ポーズらしい。
 その姿を呆然と眺めながら、クキィは尋ねる。
「あんた、何者なの?」
「俺の名は、ガルガス・ディ・ヴァイオンだ」
 男は胸を張ってそう答えた。
 腰を落とした体勢のまま、クキィは男を見上げる。
「ガルガス……?」
 聞いたことのない名前だった。記憶を辿ってみても心当たりはない。
 呆気に取られるクキィをよそに、ガルガスは埃を払うように両手を叩いている。自分が倒した黒装束を眺めた。適当に伸ばした黒髪を手で撫でてから、顔を上げる。
「あっちは逃がしたか。仕方ない」
 ガルガスが見上げてるのは、クキィがいた宿の一室だった。
 最初に部屋に入ってきた、背広姿の三人のことだろう。警察官の恰好をした、警察官ではない男たち。何らかの理由で、クキィを捕獲しようとしていた。
「おっちゃん無事かしら?」
 クキィは宿屋の主人を思い浮かべる。
 しかし、とりあえずは他人よりも自分の事だ。一度息を止めてから、矢の刺さった右腕に魔力を注ぎ込み、痛覚を一時的に麻痺させる。次いで、左手で一息に矢を引き抜いた。鎮痛の術の効果で、衝撃はあるが痛みはない。
「大丈夫だろ」
 壊れた窓を見ながら、ガルガスが呟いた。したり顔で腕組みをしながら、
「一応あいつら軍人だから。公務員が一般人に手出す理由も無いし、出したら色々後が面倒だ。思い切り邪魔するヤツには容赦しないようだが」
「軍人?」
 瞬きをしてから、倒れた黒装束を見る。
 言われてみると男たちの雰囲気はまさに軍人のそれだった。警察よりも一段階危険な世界にいる者たち。挙動の鋭さも納得がいく。
「マスマティ国陸軍アクシアム地方支部。そこの特殊部隊の一班だ。緊急事態ってことで近くの基地から引っ張り出されたらしい。もう少し歯応えあると思ったけど、地方支部じゃこんなものかな? この辺りじゃ主任務は災害救助だろうし」
 残念そうに右手を握るガルガス。
 銃相手にも怯まない姿勢や普通なら使わない銃弾、高難易度の魔術。警察官では無理な芸当だった。それらを意に介さず殴り倒しているガルガスも無茶苦茶である。
「助けてくれてありがとう」
 手短に礼を言ってから、クキィはその場に立ち上がった。
「もう一度訊くけど、あんた何者?」
 目蓋を下ろし、睨むようにガルガスを見る。
 登場から今までのおよそ二分。ガルガスの行動は全てが冗談のようだった。いや、正常な部分が無いと言う方が正しい。
「うーむ。何者かと訊かれてもな……」
 目を泳がせ、ガルガスが難しい顔をする。
 見たところ、自分に危害を加える気はないようだ。
 そう判断し、クキィは小さく呪文を唱えた。魔術によって破損した組織を具現化再生させ、一時的に機能を復元する。再生の術。これで、とりあえず動けるようにはなるはずだ。だが、傷が完全に治るまでは術の助けを借りても一週間かかる。
 生暖かい夜の風が通りを吹き抜けた。
 ガルガスはぽんと手を打ってから、
「通りすがりのお兄さんじゃダメか?」
 至極普通な口調で言ってくる。
 クキィは真正直な答えを返した。
「バカでしょあんた……」
「あ。ひどい」
 ガルガスが肩を落とした。

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破壊術式強化弾
弾頭に魔術式を組み込んだ特殊な銃弾。9mm弾でありながら、機関砲弾を数段上回る破壊力を持つ。オーバーキルが目的の銃弾。生身の人間が食らえば一発で粉々になり、魔術などの防御を用いても致命傷は免れない。
陸軍の重戦闘用装備で、滅多に使われない。
所有者 特殊部隊

空術・黒穿
長さ一メートルほどの黒い魔力の槍を、空間転移を用いて標的へと突き刺す超高等攻撃術。大破壊力や広い攻撃範囲は無いが、一度放たれたら回避も防御も不能。標的一人を確実に仕留めるための術。射程距離はおよそ100m。
難易度8 
使用者 特殊部隊の男

沈痛の術
一時的に痛みを麻痺させる、回復術の一種。自分自身にしか効果がない。痛みは消せるが、意識や身体の動きなどには支障は起こらない。身体に刺さった飛び道具や破片などを引き抜く際に使用される。
難易度3
使用者 クキィ


疑似再生の術
破損して失われた体組織を、魔術で具現化させて埋め合わせる応急処置の術。あくまでも埋め合わせであるため、回復には長期的な治療が必要。内臓や神経組織などの重要部分は作れない。埋め合わせされた組織は、痛みもなく動かすことができるが、完治するまで激しい動きなどは行えないなど、制約も多い。
難易度4
使用者 クキィ
10/10/28