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第8話 オオカミの主 |
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森の北にある道を西に向かって歩いていく。 小一時間歩き回って、森の地図は頭に入った。おおむね中央から南にかけて家が並び、北に行くと神殿があり、東に行くと街に行く。西にはこれといって何もない。 「そういえば、この森の外ってどうなってるんだろう?」 僕はそんな疑問を口にした。 森の中はどうなっているか分かったけど、森の外がどうなっているかは分からない。外に出られるような道は無かったし、抜け道のようなものがあるのかもしれないけど……今は調べようが無い。分からないままでもいいけど、気になると言えば気になる。 「何も無いみたい」 空中を滑るように飛びながら、イベリスが答えた。金色の瞳を僕に向ける。 さっきまで僕の肩に座っていたんだけど、揺れるという理由で離れてしまった。考えてみれば、身体の小さなイベリスは、僕が歩く程度の震動でも居心地悪く感じてしまうのだろう。それは、仕方ない……。 さておき。 「何も無いって?」 「何も無い。私の知識にはそうある。少なくとも、私はどうなっているかは知らない」 訊き返した僕に、イベリスは再び短く答えた。正面に目を戻す。森の中を続く道。この辺りには家は無い。踏み固められた土の道が、緩く左へと曲がっている。 「なんだそれは……?」 言葉のままに受け取るなら、森の外は無が広がるだけ。しかし、さすがにそれは考えにくい……けど、あり得ないと言い切れないのがここの怖いところだ。 「外に興味あるのか、お前」 聞き慣れた声に、僕はぴたりと足を止める。 少し進んでから、イベリスも止まった。 「クロノ?」 声のした方向に向き直る。 「よう」 道も何もない森から姿を現した黒いオオカミ。挨拶するように、右前足を持ち上げた。やっぱり人間みたいな動作をする。 「こんにちハ……。ハイロさん、イベリスさン……」 「これが、お嬢?」 僕は思わず呟いた。 クロノの背中に乗った少女。クロノが言っていた通り、身長は六十センチも無い。 見た目は十代半ば。無感情な――というよりも機械的な黄色い瞳で、左目が眼帯に覆われている。紫色の髪の毛は背中の半ばくらい。服装は丈の長い薄紫色の上着に白いショートパンツで、あちこちに歯車が意匠されている。何かの象徴なのかもしれない。 そこはかとなく、イベリスと同じ匂いを感じる。 「はじめまして。私は彼の従者のイベリス。あなたは?」 挨拶をしながら、イベリスが少女の前へと降りていった。身長の数倍の高さをあっさりと移動する。表情を変えずに一度瞬きしてから、赤い瞳で少女を見つめた。 「イベリス……」 独り言のように小さく繰り返して、一度頷く。名前を記憶したのだろうか? 少女は黄色い目でイベリスを見返し、軽く右手を持ち上げる。 「ワタシはシデン。この狼の主。よろしク」 口をほとんど動かさずに、そう答えた。機械っぽい喋り方。イベリスも無感情だけど、それよりもさらに無機質である。ついでに、微妙に言葉足らず。 「こちらこそ、よろしく」 イベリスが軽く右手を持ち上げた。 この二人、気が合うんだろう。そんな空気を感じる。 森から道まで移動してから、クロノが口を開いた。 「これが昨日話したお嬢だ。色々訊きたいことはあるだろうけど……ま、ようするにお前と違って"普通じゃない"住人だ。言うことはそんなに多くはないな。うん」 説明が投げやりである。 昨日僕のことを"普通"と言っていた。見た目や考え方についての意味だろう。シデンに対して言っているのは、その逆だ。見た目も考え方も、確かに普通じゃない。 突っ込んで訊くと長くなるだろう。 そう判断して、別のことを尋ねた。 「それより、こんな所で何してるんですか?」 道の脇からいきなり現れたクロノとシデン。脇道があるわけでもなく、獣道があるわけでもない。歩いて移動できるくらいには開けている森だけど。 「朝ノ、お散歩――」 「お嬢がいなくなったから探してた。いつもの事だ、気にするな……」 僕を見上げるシデンと、横を向いてため息をつくクロノ。比喩などではなく、言葉通りの意味なのだろう。そういえば昨日、放浪癖があると愚痴っていた。 クロノの背から降りたシデンが、僕の前まで歩いてくる。 「あなたが、ハイロさン。はじめましテ」 「はじめまして……」 その場に腰を屈めて挨拶をする。でも、僕の存在自体がひどく場違いな気がする。喋る狼、放浪癖のある小人、妖精の少女。僕だけ普通の人間だ。多分。 よそ見をするように右目を横に向けてから、シデンが頷く。 「失礼すル」 「うおぁ!」 言うが速いか、僕の肩へと素早く飛び乗った。両足を肩に乗せ、両手で頭を掴む、いわゆる肩車の姿勢。拒否する暇もなく、あっさりと肩に登られてしまった。 「思ったよリ、良い感じかモ……」 僕の髪の毛を掴みながら、足を動かしている。気に入られたらしい。 「なら、私はしばらくこっちを借りさせて貰う」 そう言って、イベリスがクロノの頭の上に座った。両足を伸ばして杖を握った両手を膝の上に置く。首を左右に動かしてから、頭の三角帽子を手で弄った。 「うん。意外と居心地いいかもしれない」 「………」 僕とクロノはお互いに目を合わせて、同時に小さくため息をつく。この狼とは気が合うな。なんか、似たような境遇を持つ者として。性格も似ているみたいだし。 「しばらくお嬢のこと捕まえておいてくれ。目放すとすぐどっかに行っちゃうし。あと、この森の外がどうなってるか気になってるみたいだな。ちょっと見に行ってみるか?」 と、クロノは前足で西を示した。 |