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第3話 新しい家 |
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白い半袖シャツに茶色い袖のない上着を着込み、灰色のズボンを穿いている。これが教授に渡された服だった。ごく普通の服装だと思う。服を脱いだ時に気付いたけど、左肩には数字のようなものが彫り込まれていた。イベリスの言葉では番号らしい。 「分かってはいたけど、不思議な場所だなぁ」 僕は地図を片手に森を歩きながら、辺りに視線を向けていた。 地面には平たい石のいくつも敷かれた道が作られている。 道の左右には背の高い大木が並んだ森。地面には芝くらいの小さな草から、大人の背丈を越える低木までいくつもの草や木が生えている。大木が多いのに不思議と日当たりは良く、空気はほどよく乾燥していて適度に涼しく過ごしやすい。 「ここはそういう所。あなたもそのうち慣れる」 近くを飛びながら、イベリスが金色の杖を動かしていた。 木の合間に家が見える。あまり大きくはない家。多くは木の家だけど、石作りの家もある。何にしろ、様式は様々だった。家の近くには野菜が植えられた畑もある。 「みんな二人一組なんだね。さっきから聞いてる従者」 畑に水を撒いている人や、お喋りをしている人、外には何人か人がいた。 若い男や女。髪色や服装に一貫性はない。とりあえず全員に共通しているのは、みんな誰かを連れているということ。イベリスのように妖精ではなく、人形サイズの小人だったり、肩に留まっている極彩色の鳥だったり、ここにも一貫性はない。 イベリスは感情の映らない真紅の瞳をあちこちに向けてから、 「最果ての森の住人は、みんな従者を連れている。ここではそれがルール。従者は主に付き従い、主の生活を手助けすることを役割としている」 「イベリスは僕がここに来るまでどこにいたの?」 何の気無い質問に。 イベリスは右手を顎に当てて、空を見上げた。白い雲が流れている、高く澄んだ青空。五秒ほど空を見上げてから、僕に目を戻す。感情変化のないジト眼で。 「記憶が無い。私は気がついたらここにいた。アナタの従者となるために」 これは、何と返したらいいんだろう? イベリスも僕と同じようにどこからかここに来た。――多分そうじゃない。イベリスは僕が来た時に合わせて作られた。記憶とか知識とか、必要なものを全部まとめて。薄々感じてはいたけど、イベリスはそんな人工生物っぽいものなのだろう。 僕がそう困惑混じりに納得していると、 「着いた」 イベリスがすっと金色の杖を動かした。 そこに家――らしきものがあった。 ひときわ太い幹の木。やたらと幹が太いだけで、高さは周りの木と大差ない。その木の正面にドアがついている。見ると幹にはいくつか窓もついていた。 地図を見て周りの木や家、四角い岩などからそこが目的の家だと理解する。 「うーん……。凄い」 「中を見てましょう」 マイペースに飛んでいくイベリスを追い、僕は家まで歩いていった。 ドアには『ハイロ』と書かれた表札が掛けられている。誰が掛けたのかは分からないけど、手の早いことで。本当に僕の家らしい。 「おじゃましますー」 そう口にしながら、僕はドアを開けた。 中は広い空間がある。玄関、リビング、台所をまとめたような広い空間。家具が色々置かれている。部屋の中央には木のテーブル。奥には浴室とトイレのドアが見えた。右には上へと続く階段がある。印象を言葉にするなら、ファンタジックな家。 「木の家って……これは、なかなか快適そうだね」 笑いながら感想を口にしつつ、僕は流しに移動した。水道のバルブを捻ってみる。蛇口から流れてくるきれいな水。バルブを逆に捻ると水が止まった。 ええと、これは―― 「……どういう仕組み?」 「私は知らない。でも、ここにはそんな不思議な仕組みがいくつもある。最果ての森はそういう所。気になるなら調べてもいいけど、あまりお勧めはしない」 素朴な問いに、イベリスは空中に浮かんだまま他人事のように答えた。予想はしていたけど、ここには踏み込んじゃいけない禁忌のようなものが多い。やはり、ルールというものか。何か大きな秘密があって、それでこの場所を維持してるのかもしれない。 「そのうち慣れる、か……」 イベリスの言葉を繰り返してから、僕は階段に向かった。 すぐ傍らをイベリスが付いてくる。いつの間にか杖を背中に装着していた。 緩い曲線を画いた階段。登った先は寝室になっていた。 寝室としてはかなり広いだろう。窓の近くにベッドがひとつ、筆記用具の置かれた机と数冊本が並んだ本棚、大きなクローゼット。家具はそれくらいだ。こっちは一階と違ってそんなに家具は置かれていない。上に続く階段も無いから、この家は二階建てらしい。 「なるほど」 淡い金色の羽を広げ、イベリスが僕の横から離れた。両手を広げて飛びながら、くるくると身体を回している。三角帽子や長い銀髪、スカートの裾が揺れていた。周りながら部屋を一周し、再び僕の側まで戻ってくる。 「居心地のよさそうな家ね」 少し傾いた三角帽子を直し、イベリスが頷いていた。でも、機械的な口調で驚きや感動というものが見られない。感情自体が無いのかもしれない。 カランッ。 下の階から鐘のような音が聞こえてくる。チャイムだろうか? 「お客さんが来たみたい」 「だね」 イベリスの指摘に頷き、僕は身体の向きを変えた。階段を降りて、玄関へと向かう。 でも、誰だろう? 教授が追いかけてきたというわけでもないだろうし……。心当たりがない。考えても分からないし、考えるよりも本人を見た方が早いか。 「はい。……え?」 ドアを開けた先には、大きな黒い犬がいた。 思考を一時停止した僕を見上げている。 体高は六十センチくらい。黒い毛に覆われた身体で、頭からは髪の毛を思わせる長いタテガミが伸びていた。首と四本の脚には、鋼鉄製らしい金属の輪がはめられている。 尻尾を左右に動かしながら、妙に人間っぽい表情で笑っていた。 「おー。あんたが新入りか。なんか普通の人間だな」 そんな言葉が犬の口から放たれる。 「犬が喋った……」 「犬じゃない……。俺はオオカミだ」 僕の驚きに、黒い犬……改め、黒い狼がため息混じりに言い返してきた。 |