Index Top 一尺三寸福ノ神

第33話 善意の代償


「阿呆なヤツだな」
 鈴音の話を聞いた一ノ葉の第一声がそれだった。腰を下ろしたまま呆れたように明後日を見つめ、後ろ足で首元を掻いている。風になびいているたてがみ。
「うあ、失礼なキツネさんなのです!」
 鈴音は思わず声を上げていた。
「オレもアホな話だと思うのだ……」
「琴音も失礼なのです!」
 右手で左頬を引っ張りながら、言い返す。それを左手で引き離す琴音。身体を共有しているので、琴音とのやり取りは独り芝居になってしまうが、文句は言っていられない。
 一ノ葉は目蓋を半分下ろして二人をやりとりを見ていた。
「そんな漫画に出てきそうなギャグ展開聞かされれば当然の反応だ。とはいえ、そう遠くまで来たわけではないようだな。隣町くらいまでならワシが送ってやる」
 腰を上げ、尻尾を一振りしてからベンチの横まで歩いてくる。
「乗れ」
「いいのですか?」
 一ノ葉の背中を見つめながら、鈴音は思わず目を丸くした。
「構わん。どうせワシも退屈しのぎに散歩していたのだ。隣町まで行くくらいなら、調度いい暇潰しになる。日が暮れるまでに帰れば文句も言われないだろう」
 空を見上げる。まだ午前中。隣町まで行って戻ってくるだけならば、それほど時間も掛らない。一ノ葉は人間よりも歩くのは速いだろう。
 鈴音は素直に頭を下げた。
「ありがとうなのです」
「何か底意がありそうで気味が悪いのだ。タダより高いものは無いと言うのだ」
 顔を上げるよりも早く、琴音が胡乱げに言い返す。慌てて口を押さえようとするが、琴音が左手で鈴音の右手を掴んでいた。
 一ノ葉が琴音の赤い瞳を睨み付ける。
「とりあえず……厄神、お前は引っ込んでいろ。話がややこしくなる」
「了解なのだ〜」
 投遣りな返事とともに、琴音が引っ込む。髪の毛が白から黒に戻り、目の色も赤から黒に戻る。袖が胴体と綱がり、白く染まった。琴音が完全に表から消える。
「面白い仕組みだな」
 感心している一ノ葉の背中に、鈴音は飛び乗った。スカートのような行灯袴なので、少し跨りにくいが、あまり気にしないことにする。
「それでは、出発なのです!」
 左手で袴を押さえ、前方を指差し、鈴音は元気に声を上げた。
 それに応じるように一ノ葉が歩き始める。足取りに合わせて、視界が少し上下に揺れていた。電気屋の駐車場を横切り、歩道を歩いていく。周囲を包む薄い妖力。簡易結界を張っているらしく、風の影響は少ない。黒髪の先端がなびく程度だった。
「ところで、鈴音……だったか」
 ふと一ノ葉が口を開いた。足は止めぬまま、肩越しに茶色い目を向けてくる。
 それを見つめ返し、鈴音は訊き返した。
「何なのです?」
 一ノ葉は数秒迷うように口元を動かしてから、口を開く。
「送ってやる代わりといっては何だが……お前にひとつ頼みがある。金運を少し貰いたいのだが、できないか? 欲しいものがあってな」
「欲しい物なのですか?」
 鈴音が見つめると、一ノ葉は目を逸らした。
 道行く人間は誰も自分たちを見ていない。一ノ葉は術を使えない人間でも見えるようだが、簡単な結界がその姿を眩ませている。
 ぴくりと狐耳を動かしてから、答えてきた。
「高級タオルケットと大型ペット用電子マット、あと本が何冊か。これから冬になるし寒くなるから、寝るときは暖かくしたい。……のだが、あいにくワシには金がない」
 自信なさそうな口調。
 今は一ノ葉の作った結界に阻まれているが、周りの空気は冷たい。寒さや暑さを感じない式神もいるが、一ノ葉はそのような気温変化を感じる種類なのだろう。
 左手で一ノ葉のたてがみに掴まったまま、鈴音は自分のもみあげを引っ張った。
「式神さんなら、主サマがいるはずなのです。ワタシに頼むよりも、主サマに買って欲しいと頼めばいいのではないですか?」
「あいにく、ヤツは学生の身分。退魔師の仕事も無いから、金も無い。頼んだところで買ってくれるとは思えん。そこでお前に頼んでいる」
 振り向いてくる一ノ葉。
 式神の面倒を見るのは、基本的に主である退魔師だ。だが、退魔師でも学生の間は滅多に仕事は与えられないらしい。鈴音の知識にはそうあった。仕事がなければ収入もない。一ノ葉が買って欲しいと頼んでも、肝心の買うお金が無いのだろう。
 そう判断して鈴音は頷いた。
「分ったのです。金運招きしてみるのです。ただ、ワタシは見ての通り小さい福の神なのです。大きな幸運は作れないのです。その福招きで無理にお金を手に入れようとすれば、相応の反動が来るのです。それは気をつけて欲しいのです」
「分っている」
 一ノ葉が頷く。
 鈴音はぱんと両手を打ち合わせた。法力と神格によって作り出される、色も形もない幸運の因子。右手を一ノ葉に触れさせ、その因子を流し込む。コップに水を注ぐような感覚とともに、一ノ葉に金運が宿った。
 見た目は何も変わっていないし、本人も他人も言われなければ分らない。
「終わったのです」
「そうか、ありがとう」
 短く礼を言ってから、一ノ葉が続ける。やや声を抑えつつ、
「あと、琴音だったか……? そっちにも話があるのだが、代わって貰えないか?」
「……? 分ったのです」
 首を傾げてから、鈴音はそう答えた。

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