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第24話 必殺最終奥義炸裂 |
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「あ。そうだ」 思い出したように仙治が頷き、背広の懐から封筒を一枚取り出した。長形4号の白い封筒。宛名などは書かれていない。 それを一樹の前に差し出してくる。 「これ、君に渡そうと思ってたんだ。多分、近いうちに必要になると思うから」 「何です?」 封筒を受け取りながら、一樹は訊き返した。重さはさほどでもない。しかし、紙類が十枚以上詰まっている感触がある。何か特別なものだろう。 鈴音をちらりと見てから、仙治は笑って見せた。 「それは秘密。でも、君が今思ったほど大したものじゃないし。中身見れば分かるよ。開けるのは家に帰ってからにしてね」 「ところで主様」 挙手するように右手を持ち上げ、鈴音が声を上げた。黒い瞳に意志の光を灯しながら、仙治を見つめている。 「ひとつお願いがあるのです。ワタシの身長を一センチ伸ばしてほしいのです。一人の女の子として、四十センチくらいの身長は欲しいのです」 鈴音は以前から、自分の身長がほんの少し足りないことを気にしていた。一樹にはよく分からないが、乙女心らしい。その時に一樹が作り主に頼めば何とかなるのではと助言したので、こうして頼んでいるのだろう。 「それは無理」 返答は簡潔だった。 「身体を作るってのは、色々と行程が必要となるから今から体格を弄るのは無理。一度身体の構成をバラバラにしないといけないからね」 「むぅ」 仙治の解説に、鈴音が肩を落とす。 どのような事が行われるかは分からないが、その手間は簡単に想像できた。一樹は封筒を上着のポケットにしまい、慰めるように鈴音の頭を撫でる。 そして、仙治はあっさりと付け足した。 「それに、ちょっと背丈が足りない女の子って可愛いと思わない?」 「とう!」 一樹の腕から素早く身体を引き抜き、抱えていた腕を蹴って鈴音が跳び上がる。長い黒髪をなびかせ、白衣と緋袴をはためかせながら、空中を舞った。首から提げたお守りが胸元で揺れている。 「仙治さん、やっぱり言動が軽率ですよ……」 声に出さずに、一樹はそう告げた。 振り抜かれた鈴音の足を、仙治はあっさりと躱して見せた。攻撃は素早いものの、いつ来るかが非常に分かりやすいので、避けるのはそう難しいことでもない。 「はは、それじゃ当たらないよ」 「まだまだなのです!」 何もない空間を蹴り抜き、鈴音は空中で身体の前後を入れ替える。 ふと、一樹は風に吹かれて転がってくる広告紙を見つけた。 (まさか、ね) 鈴音は電柱に両足を突き、再び跳躍する。普段からそのすばしっこさは見ていたが、今まで思っていた以上に機動性能は高いようだった。 「凄いなぁ」 素直に感心しながら、一樹のいる方へと転がってくる広告を見つめる。 鈴音の蹴りを再び躱しながら、仙治は後ろへと下がった。まるで狙ったように、その足下へと滑り込んでくる広告。このままなら踏むだろう。 しかし、仙治は素早く右足を引いて見せる。 「甘い――ッ!」 グキ、という音が聞こえたような気がした。無理に足の位置をずらしてたせいで、足首を思い切り捻っている。余裕だった笑顔が凍り付き、額に脂汗が滲んだ。 そこに塀を蹴って方向転換した鈴音が飛びかかる。両手で印を結びながら、 「乙女の怒り! 禍福精算なのです!」 振り抜かれた右手が、仙治の顔面に炸裂した。強烈な張り手。といっても、元々ぬいぐるみくらいの重さしかない鈴音に叩かれても痛くはないだろう。 仙治を叩いた反動を利用し、一樹の右肩に器用に着地する鈴音。両足を少し広げてバランスを取りながら、倒れないように左手を頭に置く。 「勝ったのです」 ふらりと後ろに傾く仙治。バランスを崩したまま落とした左足の真下に、さきほどの広告が滑り込んだ。風のイタズラだろうが、まるで狙ったように。 広告で足を滑らせ、仙治は横に転倒し―― ゴッ。 電柱に頭をぶつけた。風に吹かれて流れていく広告。 頭を押さえ、仙治が跳ねるように身体を起こす。だが、今度は挫いた左足を地面に付け、バランスを崩していた。そして、顔面からブロック塀に激突する。 「痛そう……」 「凄く痛いよ……」 一樹の呟きに、仙治は頭と顔を押さえながら涙声で呟いた。鼻の穴から音もなく血が流れ出ている。さきほどまでの余裕はどこへやら、ほんの数秒でボロボロだった。 「忌術・禍福精算――ワタシが今まで福の神として使ってきた幸運の反動を全部叩き付ける禁断の必殺最終奥義なのです。これで主様はしばらく不幸の絶頂なのです。これは乙女心を踏みにじった天罰なのですッ!」 右手で仙治を指差しながら、一樹の肩の上で鈴音は断言した。話を聞く限り、かなり酷い術のようである。さらに低確率のことを起こした反動というのもほとんど無いのだろう。仙治の運の悪さを考えると、その効果は想像に難くない。 仙治は何とも言えぬまなざしで鈴音を見つめてから、 「じゃ、帰るか……」 何も言い返さぬま、踵を返した。言い返す気力も無いのだろう。挫いた足を引きずるように、歩いていく。さきほどまで元気だった背中が、陰っていた。 「生きて帰って下さい」 一樹は、静かに言葉を贈る。 |