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第30話 雪の日の夜


 部屋が冷たい。
 カイはもぞもぞと布団から起き出した。暖房は付けているものの、肌に突き刺さるような空気の冷たさ。雪の朝では当然とも言える。
 暖房は夜通しで熱気を吐き出していた。
「寒い……」
 暖房から少し離れた場所に台が置かれ、その上のベッドでミドリが眠っていた。コートは着せたままである。普段なら寝る時にコートは着せないのだが、今日は仕方ない。
 近くの時計を見ると朝の七時前だった。しかし、分厚い雪雲のせいで部屋は暗い。
「さすがに朝の散歩に行くわけにもいかないし。ま、文句は言わないでくれ」
 カイは近くに置かれたカンテラに手を伸ばした。
 小さな留め金を外してガラスを一枚開け、横に置いてあった小さな石を中の水皿に浸す。水に触れて、石が白い光を放ち始めた。油を使わない分、かなり楽である。
「ん……」
 ほどなくミドリが目を覚ました。
 目蓋を持ち上げ、手の甲で目をこする。上半身を起こしてから緑色の瞳を辺りに向け、大きく背伸びをした。カンテラの明かりを数秒見つめてから、顔を向けてくる。
「おはよう、カイ」
「おはよう」
 カイは挨拶を返した。
 ミドリはベッドから下りて靴を履き、枕元に置いてある帽子を頭に乗る。寝付きも早いが、寝起きも早い。長い葉っぱのような緑色の髪を何度か指で梳いてから、羽を伸ばして飛び上がった。羨ましいことに寝癖もできないらしい。
 台から少し浮き上がったところで時計を見やる。
「あれ、もう七時なの? 朝の散歩は?」
「雪降ってるから無理だよ」
 カイは窓を指差した。
「あ、雪……。忘れてた」
 昨日のことを思い出したらしい。ミドリは口をぽかんと開け、目を大きく開いている。一度頷いてから、羽を動かし窓へと向き直った。驚いたように少し下がる。
「白い」
 感想は短かった。
 まさにその感想通り、窓から見える景色は白い。普段なら向かいの家の二階が見えるのだが、雪のせいで真っ白に見える。滅多に見られない風景だった。
 ミドリは惹かれるように窓に近づいていき。
 少し飛んだ所で止まった。背中を竦める。
「うぅ。寒い」
「雪降ってるから当たり前だって。この辺りで雪が降る時の朝の気温は氷点下だから。出歩けば凍るよ。本当に。昼過ぎでも十度越えないけどね」
 カイは笑いながら、左手を前に出した。差し出された左手に下りるミドリ。そのまま、寝間着の懐に入れる。これで寒さは大丈夫だろう。
 窓辺に近づくと、窓の外の光景が目に入ってくる
「うわぁ」
 ミドリの感嘆の声。
 勢いは減ったものの、まだ細雪程度に降っていた。外の道路や家の屋根には白い雪が積もっている。積雪は二十五センチほどだろう。白っぽい灰色の空と積もった雪、そして白い家の壁。一面真っ白の世界。屋根の縁から、つららが伸びていた。
 ふと思いついたように、ミドリが言ってくる。
「外出てみたい」
「駄目。寒いから家で大人しくしてなさい」
 カイは迷い無く答えた。

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