Index Top 妖精の種

第27話 冬の始まり


「よし、完成……」
 カイは満足げに声を出す。自宅の
 冬の寒さも近づいた日。ミドリのコートを作ると告げた言葉通り、カイは仕事の合間を縫って裁縫にいそしんでいた。フェルに頼んで用意して貰った特殊な布と糸、裁縫道具。それらを使って二週間掛けて作り上げる。
 窓辺で日光浴をしていたミドリが飛んできた。
「これが、わたしのコート?」
 机の上に置かれた緑色の服を見つめてた。
 足下まであるような緑色のコートとケープ。コートの背中は羽を通せるように大きく開いていて、その部分を切れ目の付いたケープで覆うように作ってある。羽は自分の服以外も透過できるが、根本を拘束されているようで違和感があるらしい。
「寸法通りに作ったけど、丈が合ってないと困るから、着てみてくれ。着方も分からないかもしれなから、一度俺が着せてみるよ」
「うん」
 カイの言葉にミドリが机に降りた。左足の先を机に置いてから、羽をほんの少し動かして右足を付く。降りる直前に羽の力を止めているらしい。
 妖精の仕組みに感心しつつ、カイはコートを手に取った。
 非常に薄く頑丈な生地。織り目すら見えないほどのきめ細かなもの。妖精の身体では、普通の布は荒すぎて着心地が悪いだろう。
「じゃ、まず右手を横に伸ばしてくれ」
「分かった、右手を横に……」
 言われた通りに右手を横に伸ばすミドリ。
 カイは袖をミドリの腕に通した。大きめに作ってあるため、上着の上からも着込むことができる。袖が引っ掛かることもなく、背中の開いた部分のおかげでコートの生地が羽を捕まえることもない。
 人形の着せ替えの錯覚を味わいながら、カイは左袖を掴んだ。
「じゃ、こっちに腕を通して」
「こう、かな?」
 ミドリは言われるままに袖へと左腕を通す。
 前の部分に付けられた大きなボタン――カイの感覚では小さなボタンを四つ、順番に留めていく。手先の器用さに自信のある自分ならともかく、普通の人間ならボタンを留めることはできないだろう。
 最後にケープを肩に巻く。首周りから肘下まですっぽりと覆う緑色の防寒具。
「サイズはぴったり。羽はどうだ?」
 問いかけられて、ミドリは首を後ろに向ける。ケープの切れ目から外に抜けている透明な羽。具合を確認するように何度か動かしてから、机を軽く蹴った。
 身体が少し浮き上がった地点で羽に力を込めて、飛び上がる。羽の動きを確かめるように部屋を一週してから、机に着地した。
 笑顔で頷く。
「うん、大丈夫だよ。いつも通り動くし、暖かいし。ありがと、カイ」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
 微かに微笑みながら、カイはミドリを両手で持ち上げた。いつものように肩に乗せることはせず、左手に緩く握ったまま窓辺へと移る。
 窓を少し開けると、冷えた空気が流れ込んできた。首筋と耳を撫でる冬の風。それは左手のミドリへとも流れていく。
「どうだ、寒いか?」
「ううん。カイが作ってくれた服のおかげで寒くないよ。でも家にいる時にずっとこの服を着ていると、暑いかも……」
 ミドリは襟元を撫でた。
「その時は脱げばいい」
「うん」
 カイの言葉に素直に頷く。
 カイは短く息をつき、窓の外を見つめた。既に木々から葉は落ち、道ばたの雑草も冬越え草を残してかれている。硬く冷たい空気。
「明日には冬が来るな……」

Back Top Next