Index Top 第8話 不可解な私闘 |
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第12章 理の力の正体 後編 |
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理の力とは、特異現出とは―― 世界そのものを作り出す技法である。全ての事象と法則が壊れる特異点を用いて、自分の設計した世界を書き出す。もっとも、特異点を作り出す方法から、それを制御する方法、自分の意志で世界を作る方法……その他全てが人智の外にある。 だが、その力は本物だ。 大爆発が全てを呑み込む。 大気温度は瞬時に数百万度まで跳ね上がった。荒れ狂う超高熱と超高圧。瓦礫や木片、石片などが地面ごと抉り飛ばされ、一瞬で原子レベルまで分解された。そこにあるものの、強度や材質などは意味をなさない。ただ、圧倒的熱量にかき混ぜられる。 人間レベルの術や魔法ではどうすることもできない、超破壊力。 しかし、巻き起こった爆風と灼熱の渦が見る間に縮み、消えた。大気を満たしていた超高熱も消え去っている。残ったのは、直径数キロの焦げた土のみ。 焦土の中に佇む、白鋼と古代精霊。 妖狐の都も、周囲の森も消えていた。生物が存在しない世界なので死傷者は出ていないが、現実でこれを行ったら大災害となるだろう。 「力技で消しましたか……。さすがは古代精霊」 無傷で佇む古代精霊を眺め、白鋼は軽く手を拍いた。 白鋼は理の力を用いて爆発を防いだが、精霊は自身の力によって爆発そのものを押さえ込んだようだった。現出した現象を力技で押さえ込むことは不可能ではない。逆を言えば、力技で押さえ込むしか防ぐ方法がない。力負けすれば、仮初の現象はかき消される。 「凄まじい力だ」 精霊が動いた。 右足で地面を蹴り、踏み込んでくる。 音もなく、気配もなく、空気も動かず、足跡も付かない。立体映像が接近してくるような、現実味の無い攻撃だった。右手で持った剣を振り上げ、袈裟懸けに剣を振下ろしてくる。しかし、全てが知覚不能な速度で行われ―― 白鋼は左手を持ち上げて、刃を受け止めた。 両足をやや前後に開き、左手を突き出す体勢。剣身の中程を無造作に握り締めている。白衣の袖と紺袴の裾が揺れていた。 「防いだか」 精霊が呟く。 古代精霊の力によって作られた刃。見た目は素気ない剣であるが、切断力は絶対的と呼べるだろう。地球上の物質では、受け止めることはできない。岩だろうと鋼だろうと、抵抗すら無く斬り裂く。術防御は気休めにもならない。 さらに速度は、一瞬にも満たない刹那の閃き。 それを見切り、受け止めるのは、正攻法では不可能に等しい。 「あなたの攻撃は通じません。通じたら死んじゃいますけど、さすがに」 苦笑してから、白鋼は左手を引いた。 ピッ…… 紙を切るような音を立てて、剣が千切れる。 瞬間移動のような速度で、精霊が後退した。攻撃よりも速い。右手に持った剣は、鍔元から刃が無くなっている。刃は白鋼の左手に握られていた。 焼けた地面には足音も残っていない。 微かに熱気を帯びた風が吹き抜け、地面から焦げた埃を巻き上げる。 刃を手の中で動かしながら、白鋼は精霊に話しかけた。 「古代精霊を倒すのには大火力でごり押しするしかない。……あいにく力技の制御はまだ未熟なんですよ。古代精霊を倒すレベルで力技を使えば、何が起るか僕も分かりません。ですので、"消えて"下さい」 左手の剣身が、消える。 ただ唐突に消えた。 後には何も残っていない。 「勿体ないですけど」 左手を見つめ、白鋼は尻尾を垂らす。 破片とはいえ古代精霊の一部だ。その価値は天文学的ものになる。金額に換算することもできないくらいに。必要な状況とはいえ、それを消し去ってしまうのは惜しかった。しかし、一時の感情で選択を誤ることは、さらに避けたい。 「何をした?」 精霊が訊いてくる。 感情や表情の変化はないものの、一応疑問は感じたらしい。折れた剣身は、物理的に何も起こさず消えている。存在消去の術などとは、根本的に原理が違っていた。 白鋼は左手を動かしながら、手短に説明する。 「時間を進めました。十進法で表現するのが不可能なくらいの時間経過。どんなに頑丈でも、不変でも、いずれは構成粒子が寿命を迎え、分解します」 物質に無限大に等しい時間経過を与えることで風化、崩壊させる。言うほど簡単な仕組みではないが、その効果は完全消滅。時間は方向を持たない絶対値であり、術などを用いても疑似停止が限度という、不可触領域だ。効果が現れた時には全てが終わっている。防ぐことはできず、効果を取り消すこともできない。 白鋼が理の力で作り出す、最も効率のよい絶対攻撃だった。 「理解した」 再び走る精霊。剣を再生させ、真っ直ぐに突き出してくる。 一歩前に踏み込み、白鋼が右腕を持ち上げた。精霊の動きは、推定秒速三百万メートル。光の速さの百分の一に届く超高速。それを見切るには、時間干渉が不可欠だった。未来の情報から、現在の動きを導き出すという奇妙な計算。 精霊の右腕が肩から切断され、消え去る。 一度距離を取り、精霊が失った右手を再生させた。 「現象の基点は触れること」 攻撃の仕組みに気付いたようである。石の加速、爆発の防御、剣の防御、時間風化、どれも触れて初めて効果が現れていた。異世界制作などは触れていないが、それは仕組みが違うと考えたのだろう。 白鋼は右手を持ち上げた。精霊に向けて、五指を開く。 「核である特異点。そこから僕の身体自体が内世界になります。それより外に力を及ぼすのは難しいんですよ。外世界へ内世界を差し込むには、直接浸食するか……術のように内世界を加工した世界式を作り展開するか――」 白鋼の身体で、世界が組み上げられていく。術式構成に似ているが、構成されているのは世界そのものだ。術師などでも見る事もできない、世界構成。だが、古代精霊の目には見えているようだった。 「何故説明する?」 「自分の力を口に出すというのは、本来行うべきではありませんけど……。何が起ったか分からず倒されるというのも、味気ないですからね」 気楽に笑いながら、白鋼は右手をかざす。 不意に精霊がその場から掻き消える。退避を選択したらしい。実体化していた部分を、非物質へと切り替え、実世界から別次元へと飛翔する。古代精霊というエネルギーの塊だからこそ可能な無茶苦茶な退避経路だ。 だが、静かに紡がれる言霊。 「時の最果て。この世の終わり。全ての事象消える時」 世界が変わる。 古代精霊が"消えた"―― 圧倒的な力を用いて別の世界へと退避したようだが、理の力による時間風化はそれを意に介さず古代精霊を呑み込んでいた。 無限遠の時間経過によって最小単位まで分解され、さらに確率の波となって無限の広さへと拡散する。それだけだった。それで全てが終わった。物理的に消滅するのではなく、観測不能なまでに分解されて無限小の確率へと融け込んでいる。 それは、物質の終焉だった。 右手を下ろす。 手応えも何もない。 残心――というわけではないが、白鋼は精霊が消えた空間をしばらく眺めていた。復活して襲ってくるわけでもなく、逃げたわけでもない。跡形もなく消えている。 周囲の焦土が消えていき、妖狐の都が現れた。 「現在時刻、一時半。予想より早く終わってよかったです」 白鋼は肩の力を抜く。 左右に木造の家が並ぶ、無人の通り。妖狐の都自体も、箱庭の異界によって仮初の並行世界に転移させてある。古代精霊も刺客を送った時に仮想世界を作っていた。何重にも作られた疑似世界。全く被害を受けていない基準の世界が、他の世界を取り込み、消し去っていく。それは数秒で完了した。 通りに微かな人の気配が現れる。夜間警備を行っている妖狐警衛隊や、まだ起きている住人の気配だ。深夜ながらも、今は妖狐族会議前夜。よくも悪くも、賑やかである。 「さて、僕の私用は終わりですね」 声に出さずに呟いてから、白鋼は歩き出した。目的地は南の警衛隊詰め所。そこに、銀歌たちがいるはずである。空魔もいるだろう。 「一人では足りない。でも、不用意に増やすわけにもいかない」 古代精霊は自分の意志で動いているわけではなかった。どこかの誰かが何かしらの方法で仮初の思考を組み込み、動かしたのだろう。理の力ほどではないが、人智を超えた技術である。目的は理の力の仕組みを盗むこと。 盗めなかったということは、それが今の限界ということ。 その者の目的は、白鋼と一緒だろう。 ふっと口元に笑みが浮かぶ。 「遠い未来に決定されている破綻……。絶対不可避の終焉を止め、世界を救う。誰も信じない絵空事……。冗談のような夢物語……」 声に出さずに呟きながら、白鋼は足を進めた。 |