Index Top 第7話 妖狐の都へ |
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第7章 銀一の動向 |
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ガチリ。 硬い金属音とともに、両手首に嵌められた鋼鉄の手枷が外れた。分厚い鉄輪と内側に張られた皮革、それを繋ぐ重く頑強な鎖。強度増幅は無論、相手を弱体化させる妖術まで刻み込まれた極めて厄介な代物で、特殊な鍵が無ければ外れない構造である。 「よし……。時間かかったけど、お兄ちゃんは負けないぞ」 石畳に落ちた手錠を眺め、寝台に座った銀一は静かに呟いた。決意を新たに拳を握りしめる。手錠の隣には先に外した足枷と指枷が落ちていた。あまりに複雑な構造のため、鍵を外すのに随分と時間がかってしまった。 妖狐警衛隊本部にある拘置所。その地下二階に設置された一級犯罪者用牢獄である。八畳ほどの部屋には、寝台とトイレだけが設置してある。天井には、蛍光灯がふたつ。 とにかく殺風景な部屋だった。 壁は分厚い石組。内側からは見えないが、それを包む分厚い鋼鉄。強固な防御術に加え、牢獄内での術を封じる結界まで張られていた。作り出した術力は、そのまま結界に絡め取られて壊されてしまう。 封術結界をすり抜ける術式を作るのには苦労した。 「白鋼さんも、無茶なことするなぁ。僕を欠陥調査員代わりにするなんてー。まったく、後で文句言おう、うん」 自由になった両手を動かしながら、銀一は独り言を続ける。 寝台から起き上がり、銀色の尻尾を動かしながら扉を見つめる。 厚さ五十ミリの鋼鉄製の扉。術防御は当然のこと、鍵も枷以上に複雑なもので、数は五つ。この扉を開けても、その先には同じような扉がもう一枚設置してある。 ぺたぺたと鉄扉を触りながら、銀一は頷いた。 「第一級重犯罪者捕まえておくものだから、強固なのは当たり前なんだけどねー。さって、どうやって開けようかな、コレ? 普通の鍵だったら十秒いらないんだけど、そう簡単にはいかないよね、うん」 一通り独り言を並べてから、銀一は右手を握りしめた。 「だがしかァし、この程度の扉ででボクを閉じこめられると思ったら大間違いだ! シスコンお兄ちゃんの意地と執念というものを見せてやる!」 ビシと勢いよく隠し監視カメラを指差し、そう断言してみせる。 「あの、バカモンが……」 監視モニタを眺めながら、利助は額を抑えた。 坂本利助、妖狐警衛隊拘置所の看守長である。人間年齢六十ほどの老弧だった。厳しい顔立ちに呆れと諦めの感情を浮かべながら、首を横に振る。白髪の混じった褪せた狐色の前髪をかき上げた。常識としてあり得ないことである。 銀一のことは昔から知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。 「一級犯罪者用の指枷と手枷、足枷、二時間で外しちゃいましたね……。術封じの結界の中で、普通に術使ってますし、この分だと夜くらいには脱獄しちゃいますよ」 監視モニタを眺めたまま、部下が気の抜けた現状確認をする。信じられない光景だろう。たとえ、空魔や雷伯でさえこの牢獄から脱出するのは不可能に等しい。それをあっさりと実行しているのだ、この男は。 利助はお茶を一口飲み、目を閉じる。妖狐の都を出る前の銀一の姿が浮かぶ。 「逝かれた天才。かつてあいつがそう呼ばれていた。見た目はバカだが、頭の回転と法力の制御技術は見ての通りだ。当時から不条理の塊みたいな男だったが……出奔してから、さらに厄介度を上げたか……?」 「どうします?」 部下の問いに、利助はやや投げやりに答えた。 「放っておけ。元々罪人で捕まってるわけでもない。あと、今回の妖狐族会議が終わったら、拘置所の弱点を書類にまとめて改善要求を出す」 そこまで言ってから、窓の外に目を向ける。頑丈な塀の向こうに見える街の風景。妖狐の都を覆う霞はいつもと変わらず街を淡い白に染めている。 「それにしても……何が起こっている?」 ゆらゆらと水面に漂うような微睡みの中で。 銀歌はふと声を拾った。 「愛しのマイシスター銀歌。目覚めのキッスをプレゼント、フォーユー」 「のァあああああ!」 思考が動き出すよりも速く、脊髄反射で悲鳴を上げながら跳ね起きる。意識は一瞬で完全覚醒していた。寝転がっていた畳を叩き、その場に起き上がる。 跳ね飛ばしたタオルケットが、やや遅れて床に落ちた。 素早く両手で印を結んでから、銀歌は白衣の袖口から小型拳銃を取り出す。歯を食い縛りながら拳銃を構えた。 「おはよう、銀歌」 床に座った葉月が、声をかけてくる。 宿屋の一室。敬史郎とともに宿に来てから、銀歌はそのまま部屋に戻って昼寝をしていた。色々あって疲れが溜まっていたのだろう。窓の外には夕刻前の明るい風景が広がっている。午後五時少し前。だが、それはどうでもいい。 「あいつは、どこだ――!」 銀一の姿を探すように銃口をあちこちに向けながら、銀歌は全身の毛を逆立てた。麻酔弾を全部撃ち込んでも動きを止められるのはせいぜい一分。同じ麻酔では免疫が出来ているだろうから、実際は三十秒ほど。それでも、蒼焔を叩き込むには十分な時間だ。 しかし、周囲に警戒の眼差しを向けても、銀一の姿はない。 「今のわたし」 そんなことを、葉月が口にした。 警戒態勢を解かぬまま銀歌が睨み付けると、自分を指差し笑っている。何を言っているのかは理解できなかったが、葉月は気にせず続けた。 「やあ、愛しの妹よ」 銀一そっくりの声で言ってみせる。さきほど聞いた声と一緒だった。あくまで銀一のような声というだけで本人の声とは違うものの、瞬時に違うと判断できるほどではない。つまるところ、よく似た声色だった。 「どう、似てるでしょ?」 声を戻し、葉月は得意げに胸を反らす。 金属生命体の葉月は、生物の肺と声帯のような器官で声を出しているらしい。その声帯部分を組み変えるだけで、他人の声真似ができる。以前も銀歌の姿に化けながら、声真似までしていたことを思い出す。 銀歌は葉月に拳銃を向けつつ、頬を引きつらせた。 「何のために、そんな笑えない事を?」 「もうそろそろ御館様迎えに行かないといけないのに、銀歌全然起きないから。こうやったら、起きるかなって思って。予想通り起きたね」 満足げに頷く葉月に対し。 銀歌は思いきり踏み込む。拳銃を手放しつつ、右足を振り上げた。瞬身の術と破鉄の術を乗せ、葉月の側頭部を狙って。行灯袴が大きく広がる。 ドッ。 持ち上げられた葉月の左腕が、難なく蹴りを防いだ。文字通り鉄骨を蹴ったような硬い手応えが返ってくるが、無視。身体を前傾させつつ、銀歌は左腕を突き出した。 蒼焔貫撃。蒼焔を纏った左の貫手が、葉月の右胸を貫通する。砕けた金属の破片が床へと散らばった。しかし、予想したものより手応えは小さい。瞬間的に身体を脆くして、破壊力自体を受け流したらしい。 右胸を貫かれながら、葉月は不思議そうに小首を傾げた。 「あれ、マズかった? 名案だと思ったんだけど」 「世の中には、やっていい冗談と悪い冗談があるんだよ! 今の本気で怖かったぞ!」 足を下ろし、左手を引き抜きながら、銀歌は叫ぶ。目元に涙が浮かんでいるのが自分でも分かった。上手く表現できない恐怖に、少し膝が笑っている。 「泣くほど怯えなくてもいいと思うけど。それに、銀一さんは今牢屋に入ってるから出てこられないじゃない」 胸に穴を開けたまま、葉月は窓の外を指差した。 しかし、銀歌は額を押さえ、 「あいつが牢屋に放り込まれた程度で大人しくなるかよ。あたしの経験からすると、日付変わる前に出てくるぞ。普通に。いや、もう脱獄してても何の不思議も無いし」 「凄い認識だね。何となく分かるけど……」 感心と驚きの入り交じった表情で、葉月は納得している。 辺りに落ちていた金属片が葉月の足にぶつかり、吸い込まれる。同じくして、胸に開いていた穴も塞がった。最大攻撃が全く通じていない。 「てか、命断の式無しじゃまともに通じないか……」 葉月を見ながら、銀歌は狐色の眉を曲げる。相手の生命力を削り取る高位術。やたら生命力の高い相手や、葉月のように不定型で攻撃を受け流す相手を倒すものである。術式は知っているものの、今の身体では力が足りず使えない。 「うーん。蒸発させられるとちょっとマズいかな?」 あっけらかんとした葉月の答えに、銀歌は首を振った。 「お前も大概おかしいよな」 |