Index Top 第6話 銀歌、街に行く

第9章 友達


「これが、免許証か」
 銀歌の手に握られた真新しい免許証。帯の色は緑色と免許を取って一年以内であるととを示している。無意味に真面目な顔な自分の顔写真がやや気恥ずかしい。
 時期が来れば帯の色が青色になり、無事故無違反ならば金色になる。車を運転せず、ペーパードライバーでもゴールド免許になれる。
「よかったね、三人揃って受かって」
 莉央が嬉しそうに免許証を見つめていた。淡い草色のブラウスと白いズボン。きれいに整えられたショートカットの黒髪。よそ行きのような格好で、写真に撮られることを考えてきたらしい。あまり意味がない気もする。
 県の免許センターで免許を受け取ってから、帰りの電車の中。帰宅ラッシュ時間ではないので、余裕を持って座ることができる。
 左から莉央、銀歌、美咲の順番だった。
「実技は簡単だったけど、筆記は難しかった。前から分かってたけど、筆記試験はわざと引っかかるように作ってあるな。悪意を感じる」
 筋肉質の両腕を腕んで、美咲が感慨深く頷いている。白と水色の横縞模様のシャツとジーンズという格好。莉央とは違ってさほど服装には気を遣っていない。証明写真はどう頑張っても滑稽なものになってしまうので、下手に気を遣うのは逆効果かもしれない。
「仕方ないじゃない。自動車に乗る時のことは常識だから、そうやって難しくしないとすぐに答え分かっちゃうから」
 莉央がぱたぱたと手を振っていた。本来なら簡単な問題を意図的に難しく作っているのは一目で分かる。実際にそんなものなのだろう。
 美咲が訊いてくる。日焼けした黒髪が揺れた。
「風歌はどうだった?」
「筆記も実技も思ってたより簡単だったな」
 免許証を財布にしまい、銀歌は答える。
 誇張でも自慢でもなく、本当に簡単だった。筆記試験も実技試験も事前に覚えたことを思い出した通りに実行したらあっさりと合格である。
「相変わらず余裕だねー。ふうちゃんって、きっとテスト前に全然勉強してないよとか言いながら、高得点取るタイプだよね。絶対」
 ややふてくされたように、莉央が笑っている。冗談めかしているが、半分ほど本気だろう。きっと、と推定系で言っているのに、最後には絶対と断定している。
「そいつは風歌の才能だ。仕方ない」
 苦笑する美咲。
 それから、口元を押さえて続ける。
「それより、みんなに年齢疑われるのは、見てて笑い堪えるの大変だったよ」
「ほっとけ……」
 思い出したくないことを告げられ、銀歌は口を尖らせた。
 試験官や係の受付、他の受験者から、何で子供がこんな所にいるんだ? という疑問の眼差しを向けられること多数。最初の十回くらいは睨み返したりもしたのだが、途中から面倒くさくなってしまった。
 自分が自分の思う以上に子供っぽい容姿と雰囲気なのだと、改めて思い知らされる。
 莉央が嬉しそうに銀歌の頭を撫でた。
「見た目小学生だもんね〜。絶対にランドセル似合うよ」
「せめて中学生って言ってくれ」
 銀歌は力なく反論する。以前は子供じゃないと言い返していたが、それが不毛なことであると最近自覚するようになった。
 美咲が小声でさ囁く。
「頭脳は大人、身体は子供。天才小学生楠木風ぅー」
「調子に乗るな」
「痛い痛い……」
 両手で美咲の頬を引っ張りながら、銀歌は額に怒りのマークを浮かべた。さすがに子供扱いを無制限に見逃すほど、主張は後退していない。
 十秒ほど制裁を加えてから、銀歌は指を放した。両頬を撫でる美咲。
 莉央が思いついたように手を打つ。
「ふうちゃん、車ってどうするの? まだ聞いてなかったけど。わたしたちみたいに親の車しばらく使わせてもらうの? もしかして、新車買ってもらう?」
 二人はしばらく親の車を貸してもらうらしい。
 親――銀歌はその言葉を心中で繰り返した。自分に両親はいない。親も持たずに自然発生した妖怪なので、双子の兄の銀一以外に肉親と呼べる者はいない。
 兄というのは、銀一がそう主張しているだけで、銀一が兄である確証はない。妖狐の都にいた頃、出来心でその事を指摘したら「お姉ちゃん♪」と呼ばれ、気がついたら血塗れになるまで殴り倒してたが、それはそれ。
 閑話休題。
「居候先の師匠に貸してもらうよ。あたしに免許取れって言ったのもそいつだし」
 銀歌は当たり障りのない答えを返した。下手に本当のことを話しても場を混乱させるだけである。嘘は言っていない。方便だろう。
「そういえば、そんなこと言ってたな」
 白鋼のことは多少話してある。もっとも、居候先の師匠で生粋の変人ということしか伝えてなく、名前も明かしていない。それでも、嘘は言っていない。何の師匠かも伝えていないが、二人は伝統芸能に関する師匠だと思っているらしい。
「ならせっかくだし、合格記念旅行とかやってみるか? 三人で。どこか山か海の方まで。泊まり込みで一泊二日とか」
 美咲が腕組みをしたまま、呟く。あらかじめ考えていたわけではなく、今唐突に思いついたような口振りだった。
「まさか、交代で運転しながらか?」
 目蓋を下ろして、銀歌は呻いた。美咲の口振りからするに運転に慣れた同伴者はいないだろう。初心者マークの三人だけでドライブというのは無謀すぎる。
 しかし、美咲は真顔で首を傾げた。
「面白そうだと思わないか?」
「面白そうだね」
「いや、危ないだろ」
 同意する莉央と、冷静に反論する銀歌。
 しかし、美咲は自らの自信を示すように胸を張ってみせた。そのまま、何の疑問もないとばかりに言い切る。
「大丈夫だ。運転のメインは風歌だから」
「いきなり他力本願かよ!」
 思わず叫ぶ。
 その声の大きさに周囲の乗客が視線を向けてくきた。銀歌は赤面しながら、視線を受け流しつつ、わざとらしく咳払いをする。
「何であたしなんだよ……」
 改めて問いかけた。
 美咲は悪びれる気配すらなく、答えて見せる。
「風歌なら運転上手いし、大丈夫だろ」
 思わず頷きそうになるほど堂々と主張していた。それ自体が当たり前のことであり、自明の理であるとばかりに断言する美咲。よく分からない論理展開と無意味な自信。
 パンと手の平を打ち合わせる莉央。
「ということは、夜は女の子三人でお泊まりだね」
「何企んでる?」
 明るく笑う莉央に、銀歌はぎろりと視線を向けた。何となく分かる。この笑みは何かろくでもないことを考えついた笑みだと。
「ん〜? ふぅちゃんにさせてみたい格好があって」
「コスプレか?」
「うん」
 皮肉るように訊いてみるが、通じた気配もない。
 莉央は鞄から小さなノートと筆記用具を取り出すと、そこにシャーペンを走らせた。普段のおっとりした様子からら想像もできない手捌き。莉央は絵が上手いと自慢していた。
「こんな格好」
 楽しそうにそう見せてきたのは。
 狐耳と尻尾を生やして、白衣と緋袴を纏った銀歌の姿だった。ついでに、首に巻かれた大きな赤い首輪。先日の一件はもう覚えていないはずだが、銀歌は狐という認識が頭の片隅に残っているのだろう。
「狐巫女か。これは似合うだろうな。しかも、首輪付きか。これは似合う、というか怖いほど似合うだろ。うん、さすが我が親友ツボを心得てる」
「ありがと。衣装制作頑張っちゃうよ〜」
 本気で感心している美咲と、礼を言う莉央。
 もっとも、絵に描かれた銀歌の姿は、ほとんど白鋼の屋敷にいる時の格好と変わらない。強いていうなら、白衣の袖口に通された緋色の平紐が無いことくらいだろう。
 一度息を吸い込み、銀歌は言葉として吐きだした。
「却下ァ!」
 その声に、再び乗客の視線が集中する。

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