Index Top 第6話 帰郷、日暈宗家 |
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第11章 色々あった後 |
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決闘の終局から二十四時間後。 清潔な白い壁、白い天井、白い床。カーテンも白い。 「空が青い……」 白い病院服を着たまま、慎一は窓の外を眺めた。青い空と白い入道雲が見える。外の気温は三十度を越えているだろうが、病室内は冷房が効いて涼しかった。 宗家の近くにある大病院の日暈家専用病室のひとつ。実戦や訓練などで大ケガをすることも多く、特殊な治療も行うため病院との病室使用契約を行っていた。退魔師云々ということは伏せて、適当な方便で病院側も納得させている。 一呼吸してから、慎一は視線を戻した。 「大丈夫ですか、慎一さん? 凄いケガしたって聞いたんですけど……。えっと、治っていますよね? ちょっとやつれてるように見えますけど、傷跡も見られませんし、顔色もよさそうですし……。大丈夫ですよね?」 心配そうに訊いてくるカルミア。ベッドテーブルの縁に腰掛けたまま、杖を膝の上で握って緑色の瞳で慎一を見つめている。見舞いに来てくれたらしい。 「まあ、何とか……」 ベッドから上体を起こしたまま、慎一は曖昧に答えた。 自分で斬った右腕は元通りにつなげてあり、恭司に殴られて砕けた顎も治療され、達彦から受けた傷もあらかた回復していた。しかし、それらの傷を治すのに用いた体力はまだ回復していない。差し歯だった奥歯を治せたのは、よかったと思っているが。 達彦は別の病室で寝ていた。 「大丈夫ですよ、カルミアさん。慎一さんは昔もっと酷い状態になっても生きてましたから。このくらいなら、すぐによくなりますよ。街に帰る前には元気になっています」 丸椅子に座ったまま、真美が笑顔で人差し指を立てる。白いシャツと白いスカートという格好だった。真美が白以外の私服を着ることは珍しい。 「そう、ですか……?」 杖を両手で握り締めて、カルミアが冷や汗を流していた。紫色の髪が揺れる。真美としてカルミアを安心させるために言っているのが、逆効果だろう。 「フォローになってないから」 一応慎一は右手を振っておいた。 高校生の頃。父克己との実戦訓練を行い、その時に全身を滅多斬りにされ死の一歩手前まで行ったことがある。半月ほど入院して夏休みの半分を潰してしまった。しかし、それで死というものを身近に知り、甘さを完全に消すことができたと考えている。 さておき。 「何でここいいるんです? 桜花さん」 細身のナイフで林檎の皮を剥いている着物姿の女性。憑喪神三姉兄妹の妹、桜花。 今は恭司の指示で吹雪、寒月と一緒に訓練場の修理をしているはずだった。しかし、なぜか真美とカルミアを連れて見舞いに来ている。 皮を剥き終わり、林檎の芯を器用に切り抜きながら、桜花は答えた。きっぱりと。 「さぼりです」 「言い切らないで下さい」 反省する気配すらない桜花に、慎一は呆れ気味に告げる。 桜花は芯を抜き出した林檎にナイフを突き立て、差し出してきた。異様なオブジェのような林檎。普通に切らないのは、面倒くさいからだろう。 ナイフを受け取る慎一。 着物の袖で口元を隠しつつ、桜花は憂いを帯びた眼差しを床に落とす。亜麻色の髪の毛が、微かな音を立てた。 「わたくしの出番少ないんですもの……」 「出番って……」 林檎を囓りながら、慎一は呻いた。甘酸っぱい水気のある果肉。 数秒ほどして顔を上げ、桜花がぱっと明るい微笑みを見せる。明るいと言っても、カルミアや真美が見せるような明るさではない。よからぬ事を実行した後の笑みである。 「わたくしの代理は修理は千歳さんに頼みましたので大丈夫ですよ。千歳さんは優しいお方なので、快く引き受けてくれました」 「何取引したんですか?」 慎一の問いに、桜花は目を細めた。 「秘密です」 「そうですか」 林檎の無くなったナイフを置き、慎一は首を振る。 千歳と桜花は時折何かしらの取引――主に食べ物を対価とした取引をしているらしい。本来なら追求することでもないのだが、時々人の食べ物を盗むので油断はできない。 「あと、これお兄様から」 桜花が小さな箱を取り出した。B5ノートほどの大きさの白木の箱で、厚さは三センチほど。鍵が掛けてあり、容易には開かないようになっている。 箱を受け取り、慎一は礼を言った。 「ありがとうございます」 「何ですか? その箱。鍵掛かってますけど、何が入ってるんです」 真美が指で箱をつつく。見たところ平たい木箱である。重さは三キロほどだろうか。軽そうに見えて、意外と重い。 箱を枕元に起きながら、慎一は口端を持ち上げた。 「暇潰しの道具」 「ボードゲームですか? でも、一人で遊ぶようなボードゲームってありました?」 箱を見つめながら、カルミアが首を傾げている。暇を潰す道具という言葉に、ゲームの類を想像したのだろう。だが、中身はゲーム類ではなかった。 「そろそろ、検査の時間ですね」 桜花が時計を眺めた。午前十時二十分。十時半からは検査である。 椅子から立ち上がる真美と桜花、羽を伸ばして跳び上がるカルミア。元々荷物も持ってきていないため、身軽である。 「それでは、わたくしたちは達彦さんのお見舞いに行ってきます」 そう告げて、踵を返す桜花。 「シンイチさん、ちゃんと大人しくしていて下さいね」 「早く良くなって下さい」 安静に念を押してくるカルミアと、励ましの言葉を書けてくる真美。 そして、一礼してから三人は病室を出て行った。 小さな駅前広場の端っこに止められた軽自動車。 「それでは、慎一さん。今日はこれでお別れですね。寂しいです」 残念そうに肩を落としている真美。微笑みに寂しさがにじみ出ている。毎日カルミアと一緒に見舞いに来て、車の中でずっと話し込んでいたのだ。 「正月にはまた帰ってくるよ」 慎一は苦笑しながら、手を動かした。左手には手提げ鞄と、紺色の鞘袋に納めた夜叉丸を持っている。荷物は直接送ってしまうので、手荷物は少なかった。 「はい。待ってます」 真美が頷く。 それから慎一の近くに浮かんでいるカルミアに目を向けた。 「カルミアさん。今度は一緒に山の方にお散歩に行きましょうね。山頂から見る景色は凄くきれいですから。一度見てみる価値はありますお」 「はい、分かりました」 快活に頷くカルミア。最初の頃は真美を怖がっていたのだが、今ではある程度慣れたようである。元々二人とも似たような性格なのだ。打解けるのは難しくはない。 「じゃ、真美。これは僕からのプレゼントだ」 慎一は鞄から小さな紙箱を取り出し、真美の前に差し出した。手の平に乗るほどの大きさで、包装はされていない。包装をする暇がなかったのだが。 「プレゼント?」 真美は箱を開ける。 取り出されたのはブレスレットと小さなリボンだった。 簡素な銀色のブレスレットで『MAMI』という名前が切り抜かれている。リボンは白く細いもの。髪を縛るものではなく、胸元まである長いもみ上げに付けるものだった。 「これ……」 真美がブレスレットとリボンを見つめ、カルミアを見つめる。 カルミアは自分の左腕に付けられた腕輪と、杖に飾られた赤いリボンを交互に見つめていた。以前プレゼントとして渡したものである。 慎一は視線を逸らして、苦笑いを見せた。 「欲しそうに見てたから。入院してる間に作ったよ」 「ありがとうございます!」 真美がぱっと表情を輝かせる。初めてカルミアを見た時から、腕輪とリボン飾りを羨ましそうに見ていたことには気づいていた。病院行きにならずとも、実家にいる間に作るつもりだった。喜んで貰えると、作った甲斐があったと満足できる。 ブレスレットを腕にはめ、リボンを左のもみ上げに結び付けた。簡素な飾りであるが、シンプルな服装を好む真美にはよく似合っている。 「大事にします」 満面の笑顔を見せる真美。まるで、子供のような無邪気な笑顔だった。嬉しそうにブレスレットとリボンを撫でながら、頬を赤く染めている。 慎一はちらりと広場の時計を見やった。そろそろ電車の来る時間である。 「時間だ。それじゃ」 「はい。それでは、またお正月に。あとカルミアさん」 真美がカルミアに声をかける。 慎一と一緒に駅に向かおうとしていたところで、振り返るカルミア。慎一もやや遅れてから、振り返る。語気に今までと少し違う強さを感じた。 カルミアを見つめてから、真美が微笑む。いつもとは少し違う笑み。 「慎一さんのこと、よろしくお願いしますね。でも、慎一さんはわたしの大事な人ですから、独り占めは絶対に許しませんよ」 「はい、任せて下さい」 カルミアは笑顔で答えた。友達どうしの口調。いや、仲の良い姉妹のような口調と呼ぶ方が正しいかもしれない。 慎一はふと青い空を見上げた。 夏はまだ続くだろう。 |