Index Top 第3話 蟲使いの結奈

第3章 結奈のお願い


「降参。あたしの負けよ」
 そう言って、結奈は両手を挙げてる。
 狙いを定めたまま、慎一は呻いた。
「負け?」
「限開式でリミッター外した状態から、縮地の術で時速四百キロ超まで加速。そこから比喩抜きで弾丸並の突き。間合いはたった十メートル。防御出来るわけないでしょ! 躱したところで、間髪容れず砲華の術の連打。そんな非常識な攻撃、どう捌けってのよ! あたしは沼護家の人間……日暈家の人間みたいに、戦闘狂じゃないのよ!」
 慎一を指差し、怒りの声を上げる。
「大体、あたしはあんたに恨みがあるわけじゃないからね。ちょっとあんたの実力が知りたかっただけよ……。でも、あんた、あたしのこと殺す気だったでしょ」
「…………」
「図星?」
「……うむ」
 視線を逸らして、慎一は木刀を両手で掴んだ。
 術も使わず、枯れ枝でも折るようにぽきりとへし折る。束ねたものを、さらにへし折る。もう一度ねじ切り、両手で麩菓子のように磨り潰した。木片が散らばる。
「バケモノねー」
 結奈が感心していた。
 辺りの床から蟲が現れ、結奈の身体に吸い込まれていく。蟲は結構な数いるようだが、霊力を抜けば一掴みほどの体積になるらしいので、平気なのだろう。
「剛力の術なしで、電信柱へし折る自信あるけど」
 本気とも嘘ともつかないことを言って、カルミアに手招きをする。いまさら攻撃してくることはないだろう。
「結局のところ何がしたいんだ?」
「あんたに、頼みがあるのよ。大したことじゃないわ」
 言ってくる結奈に、慎一は眉根を寄せた。わけが分からない。
「退魔師の一族が、別の一族に頼みがあるって……。一族で手が回らないことがあれば、そっちの宗家からうちの爺ちゃん辺りに話がいくと思うけど」
「あー、違う違う」
 結奈は手を振った。
「違う?」
「これは、あたし個人のことよ。宗家は関係ないわ」
 手を振りながら笑う。ますますわけが分からない。
「授業終わった後で、どこかで待ち合わせ出来そう?」
「そうだな」
 慎一は財布の中身を考えた。近くにやってきたカルミアに目をやる。
「喫茶店に入る金はないぞ」
「あたしは奢らないわよ」
 腕組みをして、結奈はきっぱりと告げてきた。
「なら、学食かな?」
「そんな所で気楽に出来るほど軽い話でもないわね。ついでに、喫茶店で話せるほど気楽な話でもないわね。他に人のいないところ知らない?」
 同じ口調で言ってくる。
 慎一は大学近くの地図を思い浮かべた。待ち合わせが出来る場所を探す。ゆっくり休むことが出来て、人気の少ない場所。
「なら、公園はどうだ?」
「公園って、そこの大葉公園?」
 大学の近くにある市立公園。かなりの広さで、池や大きな花壇などがある。休日となれば暇つぶしに結構な人が集まるが、平日の夕方はほとんど人がいない。
「ああ。休憩所がいい」
「なんていうか、あんたって田舎者よねー」
 結奈は腕組みをして頷く。
「僕が住んでた街は田舎じゃないけど」
「いや。筋肉質の細身で、微妙に長身。短めの黒髪に、特徴のない顔立ち。着てる服は、青系統の簡素なもの。成績はいいけど、友達はそんなに多くなくて、本が好き。性格は一見おとなしくて、真面目。典型的な田舎者ね」
「…………」
 自覚がないわけではなかった。だが、それを並べられるのは、少しへこむ。
「じゃあ、授業終わった後に、公園でね」
 言ってから、どこからともなくアンパンを取り出す。
「これ、食べてね。お腹すいたでしょ?」
 アンパンを渡される。
 手を振りながら、結奈は歩いていった。
「……何なんですか?」
 一部始終を聞いていたカルミアが、首をかしげる。
 教室で蟲をけしかけられ、屋上で一戦交え、本気で戦う気だったのに、実力を見るだけと言われ、待ち合わせの約束をして、アンパンを渡されて、おしまい。
「僕に聞かれてもな……」
 アンパンの袋を開けながら、慎一は唸った。
「害意はないみたいだけど、なんか嫌な予感がする」
 つぶやきながら、アンパンに噛み付く。


「――今、何と言った?」
 慎一は眉ひとつ動かさず、缶コーヒーを握り潰していた。
「シンイチさん……?」
 カルミアが驚きの眼差しで、缶を見つめる。
 蓋を開けてないスチール缶。紙のようにひしゃげて、中身がこぼれていた。手が汚れてしまったが、どうでもいい。言われたことが理解出来なかった。
「もう一度言ってくれないか? 木野崎」
 ゆっくりと言い直す。
 公園の一角にある、休憩所。レンガを敷き詰めた上に、木製の長椅子とテーブルが三組設置されている。二人は向かい合って座っていた。テーブルの上に、カルミアが直接腰を下ろしている。
「だ、か、ら」
 結奈はきっぱりと言い切った。
「憑喪神の秘術を教えて」
「うむ」
 重々しく頷いて、慎一は握り潰した缶を縦に押し潰す。
「ひっ――」
 それを見て、カルミアが細い悲鳴を漏らした。
 慎一は平たくなった缶を両手で掴む。紙切れを弄るように、折り曲げ、押しつぶし、丸める。金属の軋む音とともに、缶だったものが小さくなっていく。
 最後には、指で摘めるほどの小さな金屑になった。それを、手首のスナップを利かせて放り投げる。自動販売機の横のゴミ箱に、きれいに吸い込まれた。
 一息ついて、慎一は辺りを見回した。
 水飲み場は遠い。
「カルミア、水出せないかな?」
 長椅子から立ち上がり、コーヒーで汚れた手を見せる。べたべたして気持ち悪い。水のみ場で洗ってくるのは、面倒だった。
 カルミアは勢いよく立ち上がり、背筋を伸ばす。
「は、はい! 水ですね。水」
 答えてから、呪文を唱えて杖を動かした。
「水よ」
 空中から水が現れ、静かに慎一の手を濡らす。勢いも水道くらいで、手を洗うのには丁度いい。適当に手を洗ってから、ハンカチを取り出し、手を拭いた。
「ありがとう」
「どういたしまして。はい……」
 礼を言ってから、その場に正座する。動きがぎこちない。

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