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第3章 泥棒の正体 |
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翼を広げて、アタシは窓に近づいた。右手には魔剣を持ってる。 二階の西から二番目の部屋。かなり広い。手鏡を使って中を見ると、暗い部屋に箱がいくつも置かれていた。普段は物置代わりにされているらしい。人の気配は無いけど、誰かいるのは分かる。 さて、手短に終わらせるか。 「Break Lock……」 ガチャ。 魔法で鍵を開け、わざと音を立てて窓を開け、部屋へと飛び込む。 「!」 動揺する気配。 木箱の近くに、誰かいた。フード付きの白いマントをかぶった人影。茶色い瞳がアタシの姿をを捉える。ちらりと見えた白い肌と金色の髪の毛。 一瞬女かと思ったけど、おそらく男だ。しかも、少年と言えるくらいの年齢。 「ここで何してるんだ?」 「っ!」 アタシの言葉に人影が跳ねるように立ち上がり、ドアへと走った。その走り方に違和感を覚える。まるで障害物が無いような走り方。そして、ドアに突っ込む。 人影はドアをすり抜けた。 「予想はしてたけど、幽霊の類か」 アタシは埃まみれの部屋を突っ切り、ドアを蹴り開けた。 廊下へと飛び出し、魔剣の切先を動かす。 「挟み撃ち完了」 「ふっふーん。簡単には逃げられませんよー?」 人影の前に立ちはだかっているのは、アートゥラだった。右手の一本で眼鏡を動かし、薄い笑みを浮かべている。人影との距離は十メートルほど。 「二人とも頑張りなさい」 その後ろに、やる気無さげなヴィーが立っている。 「くっ」 人影はアタシとアートゥラを交互に見てから、アートゥラの方へと走った。ここはやや予想外。アタシの方に来ると思ったけど、武器持ってると迫力増すか……。 「こちらに来ましたか。いいでしょう、わたしの実力、見せてあげます!」 八つの眼を見開き、アートゥラが高々と宣言。六本の腕を広げた。バイーンとか音立てそうな勢いで胸が跳ねる。合計三十本の指から放たれた無数の糸が、縦横無尽に空間へと伸び、廊下を一気に封鎖する。そのほぼ全てが、極細の切断用糸。 普通にすげぇ! 殺る気満々! だけど、走る人影は糸をすり抜けていた。 ――って、駄目じゃん! 「あらー……?」 両腕を下ろして冷や汗を流すアートゥラ。 アタシは魔法強化から駆け出そうとして――糸邪魔ッ! 「ふぅ。ここは私に任せなさい」 ため息混じりに呟くヴィー。物凄く上から目線でアートゥラとアタシを見てから、左足で廊下を蹴り、跳び上がった。自分の身長を越えるくらいの高さへと。そのまま右足を振り上げ、人影の頭目掛けて振り抜く。 だが、飛び蹴りはあえなく空を切った。 くるりと一回転してから、ヴィーが廊下に降りる。 「ひとまずこれで終わりね」 「当ってねーだろ!」 アタシが叫んだ直後…… 糸が切れたかのように、人影は仰向けに倒れた。 「あれ?」 呆然とするアタシに、ヴィーが得意げに眉毛を動かす。 「パラライズよ。攻撃はミスでも、追加効果はきっちり発動する仕様よ。ま、誰しも隠し芸のひとつやふたつ持っているものね」 人差し指を左右に振りながら、グレイブルーの眼をきらりと光らせた。その態度がとってもムカつく。でも一応、これで不審者は無力化されたわけだ。 「さすがは、ヴィー様……」 感心しながら、糸を回収するアートゥラ。六本の腕で廊下に張られた糸を引き寄せ、毛糸のように丸めていた。数秒でピンポン球くらいの塊になる糸。それをポケットにしまう。廊下から糸が消えた。 ヴィーとアートゥラが、倒れた人影を見下ろす。 「私の見立てでは、かなーり珍しいタイプのゴーストみたい。ドアすり抜けるし、アトラの糸もすり抜けるし。実体は凄く薄いのに、存在は凄く濃いわ」 と、アタシを見る。 確認はアタシの仕事ってか……? 額を押さえて嘆息してから、アタシは動かない人影に近づいた。左手を伸ばして、マントを掴み取る。多少不用心な気もするけど、ここから復活は無いだろう。 「ぅー……」 十代前半の少年。頬にそばかすが見えた。伸ばした金髪を首の後ろで縛って、修道服のような白い服を着ている。身体が細く女顔で、少女に間違えられそうな雰囲気だ。 全身が痺れに手足を震わせていた。 振り向くと、二人が興味深げに少年を見ている。 「こいつ、お前らの知合いか?」 視線で少年を示しすアタシに、アートゥラが首を傾げた。 「残念ながら、わたしの知合いではないようですねー。ヴィー様は?」 「私も知らないわ」 こちらも即答。 この二人の関係者かとも思ったんだけど、違うらしい。 ここは素直に当人に尋ねるべきだろう。 「誰だ、お前?」 魔剣を見せつつ、アタシは声をかけた。 「それは……こっちが……訊きたいですぅぅ……」 廊下に倒れたまま、少年は擦れた声で答える。声も満足に出せないようだ。ヴィー本人はさらっと言ってたけど、かなり強力な麻痺らしい。事実ほとんど動けていない。 さておき、どうやら訳ありの様子。 アタシは振り返って、アートゥラとヴィーと顔を見合わせた。 「あー……。ぼくはここで食べられてしまうのか……。せめて、自分の名前くらいは……思い出したかったのに……。あんまりだー……うぅ」 両目から涙を流しながら、少年が唇を噛む。震える手の平を握り締めていた。絶体絶命の危機を嘆いているようだけど、そんなに悲壮感が無いのは何でだろう? なんとなく事情を察したのか、アートゥラが安心させるように優しく声を掛ける。 「幽霊なんて食べませんよ、わたしはー。ヴィー様はどうか知りませんけど」 と、ヴィーを見るけど、当人は表情を変えず。 多分、食べるのではないだろうか? 顔には出さずそう考えながら、アタシは少年が被っていたマントを眺めた。左手で掴んでいるのに、掴んでいる感触がない。実体のある布ではなく、かなり実体の薄いものだ。例えるなら、マントの幽霊か。 「ぅ?」 少年が泣くのをやめて、アートゥラを見上げる。その眼に映る希望の光。 近づいてきたヴィーが、少年の横に屈み込む。 「何か訳ありのようね。私の家のものを盗んだことは一時不問にしてあげるから、事情を説明してくれないかしら? 事と次第によっては協力してあげてもいいわよ」 「説明しますー……」 再び泣きながら、痺れた身体で必死に頷いていた。 「リリルさん、麻痺治せますー?」 アートゥラが声を掛けてくる。 アタシが眼を向けると、ヴィーは両腕を広げて首を振ってみせる。自分は麻痺を治せないって意味だろうけど、なぜか自信満々な態度。 「それくらい覚えろよ」 「めんどいわ」 アタシの意見にヴィーは即答した。 ここまで開き直ってるのも逆に清々しい気がするけど……ま、いいや。左手に持ったマントを放り捨ててから、アタシは魔法を組み上げ、少年に空いた左手をかざす。 「Detoxication」 魔法や術から起こる体調異常を回復させる魔法。ヴィーの麻痺攻撃は強力なので効くかどうか怪しかったけど、ちゃんと効いたようだ。手足の震えが消える。 のろのろと少年がその場に身体を起こす。 「あ、身体が動く……」 手を開いたり握ったりしながら、回復を確認している。 その仕草を見ながら、アタシはさりげなく立ち位置を移した。少年を挟んで、ヴィーの反対側へと。ここから逃げるとは思えないけど、万が一もあるからな。 「さて、事情を説明してもらおうか?」 魔剣を動かしながら、アタシは改めて尋ねた。ドアすり抜けたり、糸すり抜けたりするけど、魔剣の魔力やアタシの魔法はすり抜けられないはず。 少年が白刃を見つめ、息を飲み込む。 「あまり脅かしちゃ駄目よ、リリル」 「そうですよー、怖がってるじゃないですかー」 何でアタシが非難されるんだよ? 視線を飛ばすが、二人はスルー。 少年がヴィーたちに向き直り、首を捻る。 「えっと、どこから説明すればいんでしょうか……」 「さっき名前を思い出したいとか言ってたけど、そのままの意味でいいのかしら?」 確認するようなヴィーの問いかけ。 少年は右手で頭をかきながら、照れたように頬を赤くしていた。 「ええ……。ぼく、自分が誰か分からないんです。名前も思い出せなくて……」 「いわゆる記憶喪失でしょうかねー? 人が幽霊になる時に、記憶を失うということはあるみたいですけど、あなたはそういうのとは違う気がしますー」 アートゥラが額の斜め上あたりに目を向けた。一対の腕で腕組みをして、右手の一本を頬に当てている。色々と不自然なものを感じるのだろう。 ヴィーがその場に立ち上がった。 「とりあえず廊下で立ち話も何だから、ダイニングに行きましょう」 「お茶とお菓子も用意しますねー」 アートゥラが笑顔で続ける。 この二人、一応こいつが泥棒って事は理解しているよな……? |