Index Top 第5章 戦争が始まる

第4節 ミストの切り札


 シリックはノートゥングの柄を座席に叩きつけた。
「くそ! オレたちは、結局何もできないのか!」
 デウス社の前までたどり着き、社長であるバレイズに銃口を突きつけることができた。しかし、オメガ汎用機に阻まれ、レイに助けられ、バレイズは息子に殺され、今はこうしてミストの運転するジープに乗せられている。
 自分もクキィも、何もできなかった。
「何もしなくてもいいのよ」
 前を向いたまま、ミストがぼそりと呟く。独り言のように聞こえるが、その言葉は自分たちに向けられていた。
 呟きは続く。
「さっきクキィが、『何で自分たちに、家を襲ったのがデウス社だって教えたのか』って聞いてきたでしょ? 理由は、放っておけなかったからよ。実はね――あたしがデウス社にもぐり込んだのも、理由は復讐なの」
「ミスト博士が、何でデウス社に復讐を……?」
 クキィが尋ねた。ミストはデウス社の情報を手に入れるために、会社にもぐりこんでいたが、復讐が目的とは一言も聞いていない。その気配すら見せなかった。
 ミストは悲しげに言ってくる。
「あたしの兄さんはデウス社の情報部に殺された。開発したシステムのデータを狙われてね。あたしはデウス社に復讐することを誓い、国際連盟のデウス社解体計画に乗じてデウス社に入り込んだ。でも、レイに言われたの」
「あいつが?」
 シリックが呻くと、自嘲するように笑って、
「そう。『君に復讐はできない。君は俺のような殺人者じゃないから』ってね。あたしも、あななたたちも、人を殺せるほど強くないのよ」
 ミストの言葉は止まらない。
「たとえ仇を殺しても、いずれ人を殺したという罪悪感が襲ってくる。それは一生消えない。復讐を終えても、残りの人生を人を殺したという悪夢とともに生きていくことになる。レイはそう言ってた。これは辛いことよ」
「…………」
 シリックは沈黙した。そうかもしれない。
 ふと、ミストが目付きを変えた。
「クキィ。運転、変わって」
 言うなり、ミストはハンドルから手を放し、運転席から助手席に移動する。ジープに並ぶように走っている小型戦車――ジャガーノートを見やった。
「え、どうしてですか?」
 言いながら、クキィは慌てて運転席に移動し、ハンドルを握る。
「このままだと、あいつらが街に行っちゃう」
 ミストはジープの先を指差した。
 二体のオメガ汎用機が、街の方へと走っている。黒服の男と、左腕を失った女。速度は、ジープと同じくらいだろう。自分たちには、注意を払っていない。
 ポケットから取り出した通信機。それに声をかける。
「ライン」
「ミスト博士か。こっちの準備はできた。今、デウス社に向かっている」
 通信機からラインの返事が返ってくるが、
「デウス社には来ないで。レイが戦ってるわ。それに、そっちにオメガ汎用機が二体向かってる。迎え撃つ準備をして! あたしは、ここでオメガ一体を倒す」
 何かを吹っ切ったように呟き、ミストは助手席から併走するジャガーノートに飛び乗った。通信機を投げ捨て、白衣を脱ぎ捨て、ハッチの取っ手を掴む。
「そんな戦車で何とかなるのか!」
 シリックは叫んだ。このジャガーノートは、火力はあるかもしれないが、小回りが利かない。小回りが利かなければ、敵に攻撃を当てることはできない。俊敏性のある敵の攻撃を避けることもできない。
 しかし、ミストは笑い、
「これは、人乗型変形式戦闘用ロボット。制御回路を人間の脳と直結させることで、極めて円滑な操作を可能とする。あたしの兄さんが作り上げようとしていたものよ!」
 それだけ言うと、ハッチを開けて中へと飛び込む。
 それを合図に、ジャガーノートが立ち上がった、ように見えた。
「!」
 驚く暇もなく、金属音とともにあちこちの部品が組み替えられ、開き、閉じ、飛び出し、引っ込み――高さ三メートル半ほどの人型ロボットへと変形した。直線的な形状で、全身が漆黒の装甲に覆われている。両肩には砲口。腕の先には手もついていた。
 ジャガーノートは、戦車から人型へ変形したというのに、走る速度は落さない。派手な音を立てながら、人間のように両足で走っている。
「シリック、クキィ!」
 ジャガーノートから声が聞こえてきた。それは、ミストのものである。視覚センサーのついた頭らしき部分を向けてきながら、
「あとは、好きなように行動しなさい」
 それだけ言うと、ジャガーノートは加速した。

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13/6/16