Index Top 第3章 突入

第2節 リミッター解除


 クキィに目をやり、レイは口を開く。
「俺のコアは、AATだ。そこに秘められた情報の八割がブラックボックスで、どういう情報が入っているか分からない」
「なら、何でそんな大事なものを試作機なんかに使ったんだ?」
 シリックが呻いた。素人考えでは、試作機などに重要なコアを組み込むのはおかしいだろう。だが、コアは消耗品ででない。何度でも使える。
 レイは苦笑して、
「コアの調査をするためだ。コアの詳細を調べた後は、俺の人格データ類は消去される予定だったらしい。だが、ミストは自分ができる最高の技術をつぎ込んで俺を作り、逃がした。デウス社に対する切り札とさせるためにな。さて……」
 言い終えて、車を止める。
 運転席から降りて、レイはデウス・シティを見やった。ここからの距離は、約三キロ。荷台に置いてあったテンペストを掴み上げる。一緒に取り出した、包帯のような白い布を刃に巻きつけていった。
「降りてくれ」
「何だ?」
「どうしたんです?」
 疑問の声を発しながらも、二人は後部座席から降りる。
 レイは荷台から、手に乗るほどの正方形の箱を取り出した。物質分解爆弾。
「この爆弾を、車ごと扉に叩きつけて、爆発させる。必要最小限なものだけ持って、いらないものは、車に乗せてくれ――」
 言いながら、布を巻きつけたテンペストを背負う。両手は自由に使えなければならない。車の正面に爆弾を取り付けてから、運転席に移動し、エンジンが全開になるように電気回路を操作した。サイドブレーキをかけて、完了。
 シリックはノートゥングを担ぎ、弾丸の入ったカバンを背負っている。クキィは荷物の類は持っていない。マントにコルブランドの柄などを入れていた。
 二人を見やり、レイは厳しい口調で言う。
「念のため言っておく。これより先に進んだら、決着がつくまで戻ることはできない。引き返すなら、今しかない。引き返すというなら、この車も荷台にある雑具類も君たちにやる。どうする?」
 問うと、二人は即答してきた。
「わたしは行きます」
「帰る気なんかない!」
「…………」
 何も言わず、固定しておいたサイドブレーキを外す。それを引き金に、とてつもない加速度で、車が走り出した。最大速度へと、見る間に加速していく。
 レイはそれを見送る二人の背後に移動した。きょとんとしている二人の身体を掴み、両脇に抱え上げる。二人合わせれば百キロを超えるだろうが、重くは感じない。
「え?」
「何だよ……!」
 訳が分からないといった二人をよそに、レイは身体を前傾させていた。
「二人とも、口を閉じろ! 第一リミッター解除!」
 ドゥン、という衝撃音とともに走り出す。
 その加速度に、レイは全身が押し付けられるような圧迫感を覚えた。生身の人間であるシリック、クキィも同じだろう。
「ウグ!」
「きゃあっ!」
 二人が悲鳴を上げた。
 弾丸のようにといっては過言であるが、数秒で時速二百キロまで加速する。風が耳元で唸りを上げていた。生物がこの速度で走ることはできない。
 車が扉に激突し、爆発を起こす。爆発が作り出した分解フィールドは、周囲にある物体を包み込み、原子間の結合を切断した。扉が、砂のように崩れていく。
「おおっ!」
 シリックが目蓋を下ろして、爆発の様子を見つめた。
 扉の周りに、灰色の粉塵が舞う。
「待てよ――」
 粉塵を突っ切ろうとして、レイは思いとどまった。
 ただし、走る速度は落とさない。
 粉塵の向こう側になにがあるのか、人間としての視覚では何も見えない。しかし、機械として組み込まれた赤外線センサーはいくつかの影を捕らえていた。
(正面突破はできない――)
 人間としての直感が告げる。
 扉までの距離は約五百メートル。その距離を十秒で消失させ、レイは跳び上がった。二十メートルも。壁の上に足をついて、もう一度跳び上がり、近くのビルの屋上へと着地する。そこで、両腕を開けた。
 どさりと、荷物のように下ろされ、
「死ぬかと……思った」
 呻きながら、シリックがその場に手をつく。肩に担いでいたノートゥングがコンクリートの床に落ちた。クキィはその場に膝をついて、ぎこちなく深呼吸をしている。
「気持ち悪いです――」
 二人とも、酔ったらしい。
 日常生活で、生身の人間が時速二百キロで動くことはない。
 しかし――
「休んでる暇はないぞ」
 二人に声をかけてから。
 レイは道路のある方へと歩き出した。屋上の縁まで歩いていく。下を見ると、粉塵が風に流され消えていくところだった。そこから視線を移すと――
「どうやら、気づかれてたようだな」
 呟きながら、二人に向かって手招きする。

Back Top Next

13/2/3