Index Top 第2章 それぞれの目的

第7説 全てを斬り裂く力



「それが、この剣の秘密だ」
 レイはテンペストの切先から、鍔元まで指を動かした。
「この剣は、切先から鍔元まで、数ミクロンの刃が高速で走っている。チェーンソーならぬ、チェーンブレード。これが、驚異的とも言える斬れ味を生み出している。俺の剣技と相まって、斬れないものは……まずない」
「凄いな……」
 感心したように、シリックがテンペストを見やる。
 しかし、レイは逆にシリックとクキィを見やった。テンペストの仕組みは、二人にとってさほど重要なことではない。もっと、重要なことがある。
 テンペストを傍らに置いて、レイは尋ねた。
「それより、明日はどうするんだ? 俺が君たちの面倒を見られるのは、あと六日。その間に何をやりたいか、しっかり考えてくれ」
「んー……」
 暗くなった空に視線を向けてから。
 シリックは答えてきた。強い決意のこもった口調で、
「B級でもC級でもいいから、遺産の眠ってる遺跡に連れてってくれ。あんたなら、いくつか知ってるだろ?」
「知ってるが、それは無理だ」
「何でだ――!」
 反駁するシリックに、レイはなだめるように言う。
「この一帯に、遺産の残った遺跡はない。遺産の残る遺跡に行くには、ここから五日は離れないといけない。俺には、そこまで往復する時間がない」
「何で、遺産の残った遺跡がないんですか? AATハンターってそんなに多くはないって本で読んだことがありますよ」
「理由は単純だ」
 レイは北の方に指を向けた。半壊した遺跡の向こう側、地平線の彼方。
「この先に、デウス・シティって自治都市があることは知っているだろ?」
「ああ」
 険しい声音で、シリックが頷く。
 デウス・シティ――人口は約二十万人と、この地方で最も巨大な街である。自治都市と呼ばれるだけあり、半ば国から独立していた。その街では、都市条例を超えた独自の法律まであるほどである。多くの意味で特殊な都市だ。
「その中心であるデウス社。そこの遺跡調査部が、この辺一帯の遺跡を掘り尽くしたんだ。だから、この一帯に発掘されていない遺跡はない。そこの遺跡の警備がおおむね一掃されていたのも、それが原因だ」
「くそッ!」
 あさっての方を向いて、シリックが毒づく。
 気づいたように、クキィが訊いてきた。
「そういえば、レイさん。何でわたしたちの面倒を見られるのが、あと六日なんですか? 何か用事でもあるんです?」
「……そうだ」
 呟きながら、レイは二人を見つめる。これは自分のことである。本来ならば、この二人には関係がない。知られても何が変わるわけではないが、教えることもないだろう。
 だが、レイは告げた。
「五年前からの約束だ。俺は今月中にデウス・シティに行かなければならない」
「何のためにです?」
 訊いてくるクキィ。その表情には、外見には似合わぬ薄い殺気が浮かんでいた。この若さでは、隠しきれるものではない。
 気づかないふりをして、レイは口の端を上げてみせる。
「戦争だ。俺は、デウス社を潰しに行く――」
「それなら、オレたちも行く」
 囁くような小声で、シリックが言った。その声には、一切の感情が込められていない。しかし、両手は爪が手の平に刺さるほどにきつく握り締められている。固形燃料の明かりに照らされ、その顔に不気味な影が浮かんでいた。
 目を瞑り、レイは呟く。何となく察していたことではあったが。
「復讐か……」
「そうだ」
 遅滞なく、シリックは応じた。隠すつもりはないらしい。レイが目を開けて見やると、黒い瞳に氷のような殺意を浮かべている。
「まさか……『ついて来るな』とか言わないだろうな。あんた」
「言わないよ――。これは君たちのことだ。俺がそれについてとやかく言う理由はない。だが、事情くらいは話してくれないか?」
 レイは穏やかに問いかける。
 問いかけた相手はシリックだったが、答えてきたのはクキィだった。
「七年前……わたしが十歳の時です。今でも忘れません。風の強い日の夜でした。何の前触れもなく、銃で武装した十数人の人間がいきなり襲ってきたんです。何が目的かは分かりません。わたしとシリックは何とか逃げられましたけど、代わりにお母さんとお父さんは殺されて……」
 そこまで言って、黙り込む。その時のことを思い出したのだろう。十歳の子供に突きつけられた、両親の死。その傷が、心から消える日は遠い。
 唸るように、シリックが続けた。憎しみを隠そうともせずに、
「オレたちは、親父たちを殺したデウス社の連中に復讐することを誓った。AATハンターを始めたのは、あいつらに復讐するための武器を手に入れるためだ」
「待て――」
 レイは制止するように、左手を上げた。ひとつ気になることがある。
「何で君たちは、自分の家を襲撃した相手が、デウス社の連中だって分かったんだ? あいつらは、そうたやすく正体を明かさない――」
 淡々と、シリックが言ってきた。
「襲撃のあった日から一ヶ月くらいして、オレたちに宛て小包が届いたんだ。中身は、五十万クレジットと手紙。送り主は知らないが、その手紙に、オレたちの家を襲ったのはデウス社の情報部で、復讐する気なら七年以上待てって、書いてあった」
「そうか」
 呟いて、レイは姉弟を見やる。おおむね状況は呑み込めた。二人の知らないことも。これは、自分にも関わっていることでもある。放っておくわけにはいかない。
「俺からも、いくつか言うことができた」
 レイはそう言って、二人を見つめた。

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12/12/16