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第5節 戦闘準備


 セイクが自分の命を使って、エイゲアを攻撃したのは予想外だった。白の剣を使って強化していなければ、エイゲアは消滅していただろう。
 ハドロは歯を軋らせた。
「数日は、動けないか……」
 視線の先にたたずむエイゲアを見つめて、呟く。
「ハドロ・クオーツ殿」
 不意に声をかけられ、ハドロは肩を跳ねさせた。
 振り返ると――部屋の隅に、男が立っている。黒い服を着て、黒い帽子をかぶった男。以前に二度、脈絡なく現れ、情報をくれた謎の男だった。
「何だ?」
 ハドロは男を見据えて、呻く。この男は自分にとって有益な情報を渡してくれるが、動機も分からず、目的も理解できないのだ。警戒に越したことはない。
「あなたに、最後の助言をしにきました」
「最後の助言?」
 男の言葉に、ハドロは眉を傾けた。今度は、何を言うのか。
 構わず、男は言う。
「シギたちは、あなたがここにいることを突き止めました。今、馬車でここに向かっています。夕方頃には着くでしょう」
「………」
 それはある程度、予想していた。シギたちは、何らかの方法でこの場所をを突き止める。アルテルフもいるのだ。旧世界の遺産でも使ったのだろう。
 どうやら、ここでシギたちと戦わねばならない。
「もうひとつ。鋼の書の使い手は、現実を書き換える原稿用紙を三枚持っています」
「原稿用紙?」
「鋼の書のページです――。一枚につき一回だけ、鋼の書のように現実に干渉できます。彼は、その一枚に渾身の力を注ぐでしょう。彼が原稿用紙を使えば、今のあなたの戦力では、勝てません」
 言われて、ハドロはエイゲアを見つめた。
 セイクの自爆によって負った傷は再生していた。しかし、失った力までは回復しきれない。この状態でシギたちと戦えば、負けるだろう。
「あいつらは、どんな手札を持ってくる?」
 さきほどの戦いでは、エイゲアが圧倒していたが、次の戦いは分からない。シギたちは馬鹿ではないのだ。男の言う通り、何かしらの対抗手段を考え出すだろう。
「俺はどうすればいい?」
 振り返りながら尋ねると、男は消えていた。自分で何とかしろということらしい。
 シギたちは、戦力を増強しているだろう。自分とエイゲアを倒すために。戦いが始まれば、シギとエイゲアが戦うことになる。
 となると、エイゲアを強化しなければならない。
 ハドロは白の剣と鋼の書を見やった。
「白の剣……」
 シギのいた氷洞で発見された旧世界の遺産。何の力も見られないというのに、生物の能力を増幅させる効果を持つ。その効果を利用して、自分は戦闘生物を作り出していた。だが、生物を強化するのは副作用にすぎない。白の剣の真の力は、その奥にある。それは恐ろしく強大だろう。確証はないが、長年の研究で気づいていた。
「鋼の書……」
 この世の全てが書かれたと言われる本。だが、自分はその一部分しか読めない。この本に書き込んだことは現実となる。それはエイゲアを強化したので分かった。あの男は、この本を使えば世界を制することも可能だと言っていた。
 このふたつを組合せれば、無敵の生物を作り出すこともできるはずである。
「理論的には可能だが、現実には不可能か」
 ハドロは呻いた。そこには、何かの壁が存在するらしい。
 無敵が無理なら、最強の生物を作るにはどうすればいいか。
 それには、白の剣を最大限に生かさなければならない。
 白の剣の力を最大限に生かすにはどうすればいいか。今までの戦闘生物は、白の剣に触れただけである。触れるだけでは不十分。白の剣の力を最大限に引き出すには、常に持っていなければならない。先の戦いでは、シギたちに奪われる危険性を考えて、エイゲアに白の剣を持たせていなかった。
 ならば。
 ハドロは鋼の書を開いた。
「エイゲア」
《声に応えて、エイゲアは白の剣を手に取った。ハドロの意思に従い、エイゲアは口を開けて、白の剣をくわえ、呑み込んだ。エイゲアは白の剣をその身体に取り込んだのだ。これで、白の剣の力を際限なく引き出すことができる。エイゲアは空間の裂け目を作り、異空間へと消えた。傷を癒し、その力を増幅させるために》
 ハドロは鋼の書を閉じた。
 自分と戦うのは、鋼の書の使い手とメモリア、アルテルフ。
 今度は、自分の戦闘準備をしなければならない。

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12/5/20