Index Top 第4章 物語は急展開する

第5節 完成させるために


 ノヴェルが一矢を見つめる。
「あなたはこの世界に来て、自分を助けてくれる存在である物語の主人公であるシギ、メモリアを作りました。しかし、それだけです。線が少なすぎるんですよ。これでは、物語は進みません。だから、私が新たな人物――主人公に対する存在のハドロを作ったんだです」
 一矢の隣まで戻ってきたテイルが、ノヴェルを睨んだ。
「でも、こんなことになったのもあなたのせいでしょ。初めて会った時、こいつ何も知らなかったわよ。あなた、一矢に鋼の書の決まり、説明してなかったみたいね」
「はい。していません」
「決まり?」
 訝って、一矢は繰り返す。鋼の書に決まりがあるなど、聞いていない。テイルもノヴェルも何も言っていなかったため、決まりなどあるなどと思いもしなかった。
 ノヴェルが言ってくる。
「鋼の書を使う人間には、あらかじめ鋼の書の決まりを教えておくんですよ」
「決まりって何だ?」
「鋼の書を使えばこの世界を自由に書き換えられることは知っていますね?」
「ああ」
「それだけではありません。この世界は、どんな物語でも作れます。読むに耐えない粗悪な物語や、自分勝手で都合のいい物語、一ページだけの物語でも作れます。ここに作られる物語は鋼の書を使って終わりを告げれば、数行で終わることもできるし、逆に終わりを告げなければ永遠に続きます」
 それは、この世界は何でもありということだった。これを知っていれば、テイルに会った直後に物語を終わらせ、現実世界に戻れたということである。
「しかし、人間は楽をしたい生き物です――。鋼の書の決まりを知って、鋼の書に挑んだ人たちは、途中で物語を作るのが面倒になって物語を無理矢理終わらせたり、物語を終わらせず自分に都合のいい世界にずっととどまり続けたりします。テイル、あなたも知っていますね?」
「うん……」
 ノヴェルから視線を逸らし、テイルは頷く。
「鋼の書が作られた物語を合格と認めなければ、鋼の書に挑んだ人間は鋼の書に関する記憶を消され、現実世界に戻されます。その際、物語の世界は消滅します。鋼の書に挑んだ人間は今まで何十人もいますが、物語を完成させた人間は数えるほど」
 そこまで言うと、ノヴェルはすっと目を細めた。貫き通すような視線で、一矢を見つめる。その瞳に映る感情は期待だった。
「だから、あなたには決まりを教えず、鋼の書を渡しました。決まりを知らなければ、物語を作るのに必死になるでしょう。そして、私の期待通り君は必死に物語を作ってくれました。この調子ならば、物語を完成させこの世界を現実にできるかもしれません」
「現実にできる?」
 気になって尋ねると、
「鋼の書に認められた物語は、あなたの手から独立し、新しい現実となります。あなたが現実と思っている世界も、元は空想の世界だったのですよ。あなたの世界を作った人物のいる世界もまた、誰かが作った世界……世界は何重にも重なっているのです」
 言い終わり、息をつくノヴェル。言っていることは荒唐無稽だが、どうしても全否定することができない。頭の半分は、その話を信じている。
「でも、これからどうするの!」
 右手を振ってテイルが叫んだ。一矢を指差して、
「あなたの期待通り、一矢は必死になって物語を作ってるけど――制御を受けてない分、物語が独走してるのよ。鋼の書のがハドロの手に渡ったことは知ってるでしょ? 鋼の書がなくちゃ、物語が作れないじゃない」
「確かに……」
 ノヴェルは顎に手を当てて、考え込むような表情を見せる。
「私はハドロに鋼の書を奪うように働きかけましたが、本当に奪ってしまうとは思っていませんでした。新しい鋼の書を渡すことはできませんが、これを差し上げます」
 と懐から、五枚の原稿用紙を取り出した。それを一矢に差し出してくる。それは、大きさも升目の間隔も、鋼の書のページと同じだった。
「この原稿用紙は、鋼の書のページです。一枚につき一回だけ書き込むことができます。無論、書き込める量と質は鋼の書と同じですが。使い所を見極めて、大事に使って下さい。なお、書き込まれた原稿用紙は使えなくなるので、注意して下さい」
 一矢は五枚の紙を受け取った。これは、切り札となる。
 ノヴェルは数歩後ろに下がると、
「一応言っておきます。くれぐれも、この物語を中途半端なまま終わらせないで下さい。物語は最後まで完成させて下さい。では……」
 その言葉を最後に、ノヴェルの姿が闇に溶けるように消える。
 手に残った五枚の原稿用紙。
 一矢とテイルは顔を見合わせた。

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12/3/25