Index Top 第4章 物語は急展開する

第3節 行方不明の理由


「これは、非常に面倒な事態だな」
 左目の片眼鏡を動かし、アルテルフは呟いた。
 アルテルフの屋敷の食堂。アルテルフの部屋は破壊されてしまったので、今は食堂で話をしている。四人がけの四角い木のテーブルには、シギの作った簡素な料理が並んでいた。窓の外は、夜の闇に染まっている。
「で、あんたの方は何があったんだ?」
 アルテルフを見据え、シギが尋ねた。
 今、アルテルフはセイクが着ていたものと同じ形の青い服を着ている。しかし、左手には白い手袋をして、右目は眼帯で覆っていた。左腕と右目以外の外見は、セイクの変装とほとんど変わらない。漂わせている雰囲気は格段に怪しいが。
 回想するように天井を見上げて、アルテルフは言ってくる。
「半年前だね。クオーツ研究所の不正の証拠書類を首都ハートレイクの国際科学審議会支部に持っていく途中、クオーツ研究所の連中に襲われたんだ。彼らは、僕が死んだものだと思っていたけど、僕は右目と左腕を失っただけで生き延びた」
「え? 博士さんの腕、あるよ?」
 メモリアがアルテルフの右腕を指差す。
「ああ。これは、魔法義手だよ」
 言いながら、アルテルフは手袋を取った。中から、銀色の腕が姿を現す。金属の義手ではあるが、アルテルフの意思に従い、生身の腕のように動いていた。
「知り合いに腕のいい義手職人がいたから、作ってもらったんだ。材料費から製造費まで、一千万は使ったけどね。おかげで、機動性は抜群だよ」
 目を丸くするメモリアを見ながら、手袋をはめる。
「リボルバーは、どうしたんですか?」
 一矢は尋ねた。この世界にある拳銃は、精度が悪く一発撃つごとに銃弾と火薬を入れ直さなければいけない。シギはそう言っていたのだが、アルテルフの持つ拳銃は、それより遥かに優れた機構を持っている。
 アルテルフは懐からリボルバーを取り出し、微笑みながら答えた。
「これは、旧世界の遺産だよ。僕が個人的に手に入れたものだ。金属に似ているが材質は不明、口径は十ミリ、精度は極めていい。二十メートル離れた的にでも、連続して当てることができる。ふふふ……」
「……凄いな」
 多少引き気味に、シギが感嘆の声を発する。アルテルフのリボルバーと、一般に使われている銃では、性能に天と地ほどの差がある。加えて、二十メートルも離れた的に連続して当てられるというアルテルフの射撃の腕も半端ではない。
 シギは咳払いをした。
「それで――」
 睨み付けるようにアルテルフを見やる。
「あんたは、この半年の間、何で街に戻ってこなかったんだ? さっきは、この半年間は有効に利用させてもらったとか言ってたが、何をしてた?」
 アルテルフは両手の指を組み合わせて、シギに目を向けた。片眼鏡の縁が、白く光る。天井に漂う魔法の明かりを反射させたらしい。
「街に戻らなかった理由は、クオーツ研究所の連中に僕が死んだと思わせておくためだ。協会の中にあらかじめ伏線を張っておいたから、セイク君が僕になりすましていることは、みんな知っていたんだよ。だから今日、僕が戻ってきても、混乱なく事態を進めることができたんだ」
「性格悪いなな、あんた」
 呻くシギに微笑を送り、続ける。
「二番目の質問。この半年間、何をしていたかというと、別方面からクオーツ研究所の動向を探っていた。僕がこの街にいた時は、警戒されてなかなか情報を引き出せなかったけど、この半年間は面白いように情報が集まったよ。彼らは、僕が死んだと思って警戒を緩めてたからね」
 言い終わると、書類の束をテーブルに乗せた。どこに隠し持っていたかは謎である。書類には、辞書のようにぎっしりと文字が書かれている。
「これが、クオーツ研究所が行っていた不正の証拠だ」
「………」
 一矢たちは、何も言わずに書類を見つめた。厚さは二センチ近くある。証拠と言われても、これだけの量があると、目を通そうという気にもならない。
「この書類は一ヶ月前に、国際科学審議会に送った。とうに届いているはずだから、今さらハドロが何をしても無駄。いかに国家機密の研究所だろうと、審議会の手にかかれば一ヶ月以内に解体させられ、政府も研究員も弾劾される。けど……」
 と、アルテルフは言葉を切った。何かあるらしい。
「ハドロは止められない」
「止められないって、何がだ?」
 シギに尋ねられると、アルテルフはシギとメモリアを順に見やる。一年前まで研究所にいた二人。戦いに関する、色々なことを教えられた。
「クオーツ研究所の当初の目的は、汎用型の戦闘生物の開発。あくまで、能力を強化した人間などの、兵隊だった。しかし、当初の目的を外れて、独走している……詳しい話はセイク君に訊きたいけど、彼は寝てるからね」
 セイクは今、街の病院にいる。毒が抜け切れておらず、未だに目を覚ましていない。だが、もしものことを考え、病室の前には十人の警備兵が待機していた。毒が消えて動けるようになっても逃げられないようにである。
「何が起こってるの?」
 不安げに眉を斜めにして、メモリアが訊く。
「僕の調査では――ハドロは兵隊としての戦闘生物を作ることを隠れ蓑に、独自の戦闘生物を開発している。君たちも見ただろう? 能力を拡大されたディーヴァを」
「エイゲアとか言ったな」
 神妙な面持ちでシギが唸る。グレートディーヴァ・エイゲア。
「あいつは洒落にならないくらい強い。あの怪物は、俺と互角かそれ以上の力を持っている。生身の人間一人じゃ、奴には勝てない」
「しかし、ハドロはそれに満足していない」
 赤い眉を下げて、アルテルフが付け足した。見つめているのは、テーブルに座って一人で料理を口にしているテイルである。
「あの怪物を、今よりも強くしたいとすれば」
「鋼の書ね」
 右手にフォークを持ったまま、テイルが呟いた。フォークを器用にくるりと回し、それを杖にして立ち上がる。フォークを左右に動かしながら、
「あのセイクとかいう奴、白の剣をハドロに渡したって言ってたわね。ハドロは多分、鋼の書の使い方を知っている……。なら――」
「鋼の書を使って白の剣の力を引き出して、あのエイゲアをもっと強くする」
 一矢は呟いた。それは容易に想像がつく。しかし、シギに匹敵するほどの強さが、さらに強化されたら、どのような怪物になるのだろうか。
 自分の手を見つめて、シギが呻いた。
「あいつが、今より強くなったら、俺の力じゃどうしようもなくなる。街の警備兵を総動員しても、気休めにしかならないだろうな」
「軍隊を呼ぶにしても、手間がかかるだろうね。何しろ、相手は自分たちが秘密裏に研究させていた人間だから、自分たちの行った不正を公に認めることになる」
 眼帯の上から右目を押さえ、アルテルフは皮肉げに言った。
 天井を見上げて、メモリアが呟く。
「鋼の書があれば、何とかなるかもしれない……」
「でも、こいつがハドロに渡しちゃったからね」
「君が人質に取られてたんだ。渡すしかないだろ」
 一矢はテイルを睨んだ。テイルの命は、鋼の書よりも重い。
 だが……あの時、鋼の書を上手く使っていれば、鋼の書を渡さずにテイルを助けられたかもしれない。ふとそう思う。
「議論はそろそろ終わりにしよう」
 アルテルフが言った。
「みんな疲れているはずだ。今日は、この辺にして、本格的な対策は明日考えよう」
「ああ……」
 頷いて、一矢は息を吐いた。緊張が解けたことにより、空腹と疲労が普段の何倍にも感じられる。まずは、空腹を満たそうと、視線を落とし。
 皿に盛ってあった料理は、全てなくなっていた。

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12/3/11