Index Top 第2章 進み始める世界

第7節 ハドロの目的


 一同、数秒ほど黙してから。
 シギが口を開いた。
「分からないことを考えても仕方ない。ハドロが鋼の書の存在を知って、鋼の書を狙っているのは紛れもない事実だ。それより、イッシ、テイル――」
 と、視線を向けてくる。
「お前たちは、ハムト・カウに着いた時にでも別れてもらおうと思ってたんだが――そうはいかなくなった。すまない……お前たちを巻き込んでしまって。鋼の書を持ってると向こうに知られたからには、お前たちを放っておくわけにはいかない。俺たちとハドロとの決着がつくまで、一緒にいてもらう。その方が安全だ――」
「ああ……すまない。あと、ありがとう……」
「そうね」
 一矢とテイルは、ともに頷いた。物語が進むにつれて、状況は複雑になっていく。だが、逆に自分たちに都合のいい方向に進んでいるような気もした。襲撃が起こらなかったら、ハムト・カウでシギたちと別れることになっていた。それでは、物語が進まない。
 ともあれ、一矢はシギを見つめ返すと、
「なら、教えてくれないか? あんたたちは、何者なんだ? 何で、ハドロとかいう奴に追われてるんだ?」
「………」
 問われて、シギはメモリアと顔を見合わせた。何も言葉を交わさぬまま、考え込むように視線を落とす。話すべきか否か、迷っているのだろう。
 しばしして。
「分かった。話そう。お前たちには、知る権利がある」
 シギが答えてきた。
「まず、ハドロ――こいつは、ここから半月ほど東に行った所にある、クオーツ研究所っていう国立研究所の所長だ。研究所は、表向き新型の武器防具開発って名目を掲げてるが、裏では戦闘用生物の研究を行ってる。公にできないような人体実験までやってるらしい。俺たちは一年前まで、そこにいた」
 とそこで言葉を区切る。
「被験者は、大抵犯罪者なんかが使われるが……特別な資質を持った人間を見つければ、適当な名目で半ば強制的に連れてこられる。メモリアがそうだ」
「わたしは、南のカルナ村にある孤児院で育ったんだけど、二年前に研究所の人がやってきて、わたしを無理矢理に引き取っていったの。わたし、特異能力が使えたから」
 メモリアは表情を曇らせ、言ってくる。孤児院とはいえ、住み慣れた場所から強引に見知らぬ場所――無機質な研究所に連れてこられるのは、辛いだろう。
 聞きとがめて、一矢は尋ねた。
「特異能力って……メモリアは特異能力が使えるのか?」
「うん。わたしは、人の心が読める」
「―――ィ!」
 喉を引きつらせて、後退る。傷がズキと痛むが、構ってはいられない。人の心が読めるということは――。テイルも表情を硬くしている。
 しかし、メモリアは笑いながら、
「でも、その人の言っていることが本当か嘘か見分けられるくらいだよ」
「何だ……」
 一矢は安堵の息を吐いた。知られてはならないことを知られたかと思った。メモリアが発言の正否を見分けられる程度で、安心する。自分が考えていることを知られればどうなるか、想像に難くない。
 シギが話を進める。
「こいつは、研究所に連れてこられて、改造を受けた」
「わたしは眠らされて、何されたかは知らないんだけど……。目が覚めたら、新しい能力が使えるようになってたの」
「新しい能力?」
「遠隔透視と感知と反射――遠くにある力のあるものを見たり、物に込められた力を感じ取ったり、魔法や気術の攻撃を跳ね返したりできる」
 すらすらとメモリアが言う。オーシンで黒装束が現れるのを察知したり、さきほど鋼の書を見た時にシギより詳しい意見を言ったのも、その能力なのだろう。
「それから、わたしは魔法を教えられて……ずっとそんな日が続くと思ったんだけど。一年前に、シギさんに連れられて研究所から逃げ出したの」
「ちょっと待ってくれ」
 制止するように、一矢は右手を上げる。メモリアがここにいる経緯は呑み込めた。だが、シギは一言も自分のことを語っていない。
 シギを見やり、訊く。
「あんたは、どうして研究所にいたんだ?」
「それは……」
 言いにくいことでもあるのか、シギは言いよどんだ。だが、隠しても意味がないないと思ったのだろう。重い口調で言ってくる。
「まず先に行っておく。俺は人間じゃない」

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11/12/11