Index Top 目が覚めたらキツネ

第5節 決闘中断


 身体中が痛い。
 冷気や電撃など芯に響く攻撃を何度も受けて、再生が追いつかない。外傷は全部塞いでいるが、ダメージは蓄積している。手足の感覚が消えかけていた。
 破れかけの式服は、髪の毛で強引に縫い合わせてある。
「カルミアとイベリスを守るため……。ここまでやる必要があるかと問われれば、否だな。でも、止められないんだよ。僕は日暈の人間だから、仕方ない」
 星と月の見える夜空から、雪が降ってくる。空気中の水分が氷った結晶。零下百度近い低温。身体に巻き付けた狐火で、辛うじて冷気を阻んでいる。
 右腕が再生したのを確認し、慎一は刀を掴んだ。瘴炎を纏った銀色の刃。
「待たせたな」
 見つめる先に、空刹が立っていた。全身に火傷のような創傷が見られる。瘴炎を纏った写刀による創傷だ。身体が崩れ去っていてもおかしくない。
 大剣を持ったまま、近づいてくる。
「いい加減に諦めてくれませんか?」
「退けないんだ。意識も身体も止まらない」
 慎一は立ち上がった。尻尾を一振り。
「でしょうね。凄い顔をしてますよ」
 空刹の言葉通り、凄い顔だろう。おそらく目付きは逝っている。
 ダメージは大きいが、十分に動けた。退くことは出来ない。
「切り札の三枚目。使わせて貰う」
 胸の前で握った拳を向かい合わせる。
 父、祖父は使うことが出来るが、自分は使ったこともない。二重限開式でも持続は十秒ほど。常態でそれ以上の限開式を重ねたら、即死してしまう。
「三重限開式ですか――」
 そう呟いて。
 光が瞬き、空刹が消えた。雷鳴のような轟音。
「え?」
 思考が止まる。空刹のいた場所には、真横から伸びる巨大な焦げ跡だけが残っていた。まだ限界式は使っていないし、攻撃もしていない。何かが横から空刹を攻撃した。
 攻撃の飛んできた方向に目をやると……
「結奈?」
 折れた外灯の上に結奈が立っていた。
 白と黒の鋭角的なドレスを身に纏い、白金色の槍を持っている。全身から溢れる凄まじいまでの威圧。封術・法衣だと一目で確信する。カルミアとイベリスを説得して使ったのだろう。ただ、様子がおかしい。
 結奈の虚ろな瞳が、慎一を捕らえた。
「来る!」
 閃光が地面を撃ち抜く。穂先から放たれた白金色の光が、地面に深々と穴を穿った。地面をえぐるのは意外と難しいが、それを平然と成し遂げる大破壊力。
 慎一は結奈へと肉薄している。無感情に自分を見つめる黒い瞳。
「ケガは自分で治せよ……!」
 刀の柄頭でこめかみを力任せに殴りつけた。頭蓋骨が陥没することは覚悟の上。死にはしないだろう。退魔師は頑丈に出来ている。
 だが、効いていない。結奈の左手が右肩を掴んだ。
「ッ!」
 凄まじい握力に息を止める。二重限開式を用いた上で、金剛の術を使っているのだ。その状態から素手で骨に亀裂を入れている。その膂力は想像に難くない。
 視界が暗転した。
 確実に数秒は気絶していただろう。
 槍で貫かれたらしい。痛みも衝撃もなかったが、攻撃されたことは理解する。認識を超える力で攻撃されるとこのような状態になる。経験から分かっていた。
「起きて下さい、慎一くん。決闘は終わりです」
 目を開けた先には、空刹が立っている。焦げて血塗れであるが無事らしい。
 自分は地面に倒れているようだった。右手は動く。焼け付くような痛みがあるが、動かないことはない。左手は動かない。というか、腕自体がない。
「あの状況でよく回避行動が取れましたね。でも、左上半身がなくなっているので、動かない方がいいですよ。どのみち動けないでしょうけど」
 腰から脇腹、胸と肩、左腕が削り取られている。光の槍に貫かれたのだ。全身粉々にならなかっただけ上出来だろう。しかし、動けそうにない。
「蘇生の秘法」
「ぅギ!」
 慎一は喉を痙攣させる。激痛とともに、身体が再生を始めた。他人による強制的な組織の再生。神経を直に焼かれるような痛みに、のたうち回りながら無言の叫びを上げる。
 五秒ほどで欠落した組織が元通りになった。
「あんた、は……」
 荒い呼吸を繰り返しながら、慎一は泣きながら空刹を睨む。強烈に神経が刺激されるため、再生に伴う痛みが尋常でない。本来は麻酔を掛けて行う術だ。
「君は痛みに耐性があるので大丈夫です。麻酔してる余裕もありませんしね。氷壊の檻で動きを止めましたが、一分も持ちません。カルミアくんの修復が不完全なため、封術の制御が出来ていないようです。その分出力が弱いのが幸いですが――」
 てきぱきと説明して、マントを落としてくる。破れ掛けの青い布。
 慎一はマントを手で破いてから、髪の毛で縫い合わせ即席の服に加工した。裸体で戦うのは感心しない。羞恥心というよりも、攻撃に素肌を晒すのは危険だ。
 空刹が懐に手を入れた。
「使って下さい。レプリカですけど」

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