Index Top 目が覚めたらキツネ

第1節 もうひとつの人形


 リビングに置かれた荷物。段ボール箱が七つ。
 箱に詰められていたのは、術具や書類、古文書、宝石、薬品など。市役所の倉庫に隠してあった蓮次たちの荷物。その荷物から、効果や目的を調べ、捜査資料を制作する。昼頃から六時間ほど。ようやく半分ほどが終わった。現在六時半。
「あー。めんどくさいわー」
 本を眺めながら、結奈は呻く。魔法の暴発の直撃を受けたはずが、今はあちこちに包帯を巻いているだけで、元気そうだった。沼護家は治療行為を専門技能としている。自分の傷を治すくらい造作もない。
 横に置いたジュースを煽る。冷蔵庫から持ってきたものだ。
「何であたしたちがこんな仕事しなきゃいけないのよ。こういう調査とか書類整理とかって警察の仕事じゃない?」
「文句言わずに働け。僕たち四人しか動けるヤツいないんだから。それとも、市役所の修理と野外調査の方が良かったか?」
 慎一は魔石を眺めながら、尻尾を動かした。普段着に戻っている。
 横に置かれたノートパソコン。魔石の大きさ、魔力の種類、性質、術式情報などを左手で打ち込んだ。後ほどまとめて印刷して、神界警察に提出する。市役所と周辺の調査は宗次郎と空刹が行っていた。
「はいはい。やればいいんでしょ」
 結奈はペットボトルを空にし、古書の解析に取りかかる。
 もう十回も繰り返された会話。
「シンイチさん。わたし何か手伝えませんか?」
 段ボール箱に腰掛け、カルミアが言ってきた。抱えていた新聞紙を横に置く。
 さきほどから、カルミアは何もしていない。新聞紙を食べながら、慎一と結奈の作業をじっと見守っているだけだった。
「無理だって。術解析なんて専門家しか出来ない」
 術の解析は、高い術力と知識、技術が要求される。専門家でなければ出来ない。自分たちは基礎知識として術解析技術を持つが、それでも慣れないことに苦労しているのだ。カルミアには無理だろう。
 これも五回ほど繰り返された会話である。
 カルミアは不満そうに新聞紙に噛み付いた。既に三冊ほど腹に収めている。
 慎一は魔石を解析済みの箱に移し、新たな証拠品を取り出した。
「うん?」
 狐耳と尻尾が跳ねる。
 見覚えのある箱。一辺約十七センチの金属の小箱。重さは百グラムほどで、見た目よりも軽い。材質はアルミニウムに似ている。難解な封印式が見て取れた。
「これって――」
 慎一は箱を見つめる。カルミアの入っていた箱に似ていた。似ているというよりも、同じ。外見も手触りも重さも。術式の雰囲気も同じものである。
「おい、結奈」
「何よ」
 本を置いた結奈に、慎一は箱を見せた。
「これ。どう思う?」
 問いに対して返事もせず、結奈は箱を奪い取る。にやりと不気味な笑みを浮かべた。突拍子もないことを思いついた時に見せる、会心の笑み。
「ほぼ間違いなく本物ね。手触りも外見も重さも術式も同じ。どこかの組織が手に入れたって噂は聞いてたけど、まさかイデアルの連中が手に入れてたとはね。でも、こんなに早くあたしの手元に来るとは思わなかったわ。所在を探す手間も、奪い出す手間も省けたしね。慎一を特攻させようと思ってたけど、出来なくて残念。でも、これで念願の相棒はあたしのもの♪ これも日頃の行いのお陰かしら。うふ、うふふふふ……」
 独り言を並べながら、嬉しそうに肩を震わせていた。不穏当な台詞が聞こえたような気もするが、聞かなかったことにする。
「ユイナさん。怖いです」
「僕も怖い」
 カルミアの意見に、慎一は同意した。
 結奈が右手を振り上げる。
「作業開始!」
 その声に肩を跳ねさせる慎一とカルミア。
 右手に作り出される難解な術式。膨大な術力の込められた右手を、瞬身の術を用いて箱に走らせる。箱の表面に走る術式と、崩れていく箱の術式。
 その様子を見ながら閃く。当たり前すぎて気づかなかったこと。
「待て!」
 慎一は叫んだ。
「今までのが全部罠だろ! あいつらの目的はその箱を開けさせることじゃないか。カルミアともう一体、『対』ってことはその箱を開けたら二体が揃うってことだろ! 揃ったら何があるか知らないけど、罠に飛び込む必要なんかないだろ!」
「あえて罠に乗るのも一興」
 結奈が言い切る。本心が他にあるのは火を見るより明らか。
 慎一の傍らに漂う影獣。反応するよりも早く、右腕に噛み付いた。
「ッ!」
 左手で振り払うが、影獣は結奈の元へと戻っている。噛み付いた際に、法力をかすめ取られていた。弱い術を一回使う程度の法力。だが、それで十分である。
「開け、ゴマ」
 影獣が箱に噛み付き、法力を注ぎ込む。慎一の――いや、草眞の法力を。
 割れるように、箱が崩れる。
「やっ……」
 結奈の脇腹に、慎一の右足が突き刺さっていた。覇力の術をかけた本気の蹴り。防御する暇も、反応する暇もない。歓声を発することもなく、吹っ飛ぶ。
 リビングのガラス戸を打ち破り、庭を横切って塀に激突する結奈。塀に数本の亀裂を走らせてから、花壇に落ちた。気絶したらしく動かない。
 ガラスの破片とアルミサッシが、床や外に飛び取る。
「どこだ!」
 結奈は無視して、慎一は箱の中身を探した。結奈を蹴り飛ばした際に、どこかへ飛んでいったのは見ている。途中まで目で追っていたはずだが、見当たらない。
「ここですよ」
 カルミアの声。
「妹のイベリスです」
 年齢は十二、三歳ほどで、身長は約十八センチ。伏せられた四枚の透明な羽。尖った耳とあどけない顔立ちで、背中の中程まで伸ばした赤色の髪。羽飾りのついた三角帽子を被り、修道服と学校の制服を足したようなワンピースを着ている。どちらも、色使いは赤と黒。靴の色は茶色。首から銀色のゼンマイを下げていて、意識はない。
 黒い服を着たカルミアという容姿。
 イベリス――それが名前らしい。カルミアが抱えて飛んでる。
「まだ動いていないな。ゼンマイは巻いた方がいいのか? 巻いたら動くけど、巻かなかったら奪われた時に相手に巻かれると大変だし。どうする?」
「私のゼンマイは、巻く必要ない」
 淡々とした声だった。

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