Index Top 目が覚めたらキツネ

第7節 強硬手段


 市役所の裏手にある駐輪場。
 あくまでも気は抜かぬまま、慎一は倒れた蓮次を見下ろした。
「大人しくしてろ。その傷じゃ動けない」
「う、ぐ……くそっ。オレを、侮辱、するな……」
 血を吐きながら唸る蓮次。うつ伏せから立ち上がろうとしているが、身体が動かない。全身刺され斬られ殴られ蹴られ、血塗れだった。骨折は右腕と左足と肋骨数本。歯も何本か折れている。
 辺りに漂う血の臭いに、慎一は眉を顰めた。
 三級位の狐神としては申し分ない強さである。だが、錬身の術と炸成術の前では力不足だった。最初は互角に戦っていたのだが、徐々に押され今ではこの有様。
「僕も忙しいんだ」
 呟きながら跳び上がり、身体をバネのように縮ませた。尻尾が踊る。
 落下とともに放たれた踵が、蓮次の延髄に突き刺さった。錬身の術に迫撃術を乗せて放たれた踵。衝撃が蓮次を突き抜け、アスファルトに何本もの亀裂を走らせる。脊髄の折れる鈍い音が聞こえた。
「が……っ」
 血を吐き出し、痙攣とともに動かなくなる。意識も途切れたようだった。この程度では死なないのも人外であるが、しばらくは動けない。治療にも時間がかかるだろう
 傍らに降りてから、慎一は両手で複雑な印を結んだ。
「金縛りの術・拘縛」
 逮捕用の拘束術。剣気が巻き付き、蓮次を縛り上げる。戦闘では使えない術だが、拘束力は本物だ。全身の傷と術の拘束。これで逃げられないだろう。
 慎一は蓮次から離れ、裏口のドアに向かった。
「律儀に見張ってるわけにもいかないし。結界が動いてる」
 ふと屋上を見上げ――
 気がつくと、慎一は地面に倒れていた。目の前にアスファルトが見える。
 何が起こったのか、理解出来なかった。ほどなく身体の自由が阻まれていると理解し、思考力の低下も悟る。事態は思ったより危機的だった。
「これは、まずいな」
 倒れたまま横に転がる。
 どれくらい意識を失っていたのか、正確には分からない。十数秒から長くて一分ほど。アスファルトに槍を突き立てた蓮次。逃げていなければ、胸を貫かれていた。
 地面を蹴って倒立。その体勢で足を振り回し、蓮次の顔面に蹴りを叩き込む。ふわりと踊る尻尾と袴。だが、蓮次は数歩退いただけ。術の火力が明らかに弱っている。
 慎一は立ち上がり両手を下ろした。ぱたりと跳ねる狐耳。
「……逃がしたか」
 血塗れのまま、蓮次が槍を引き抜く。かなり強力な回復薬を使ったのだろう。しかし、骨が繋がって、ひとまず動ける程度である。
「そろそろ、お前は……動かなくなる。げほ。オレを侮辱したこと、その身体を以て、償わせてやる……。意味は分かるな? 日暈慎一」
「あんまり分かりたくないな……」
 慎一は腰を落とし、口元に静かな笑みを浮かべた。一度深く息を吸い込み、吐き出す。脳髄を焼くような恍惚感。感覚が鋭く研ぎ澄まされていく。
「やれるものなら、やってみろ!」
 咆吼とともに、慎一は剣気を燃やした。


「まずいですよ。クウセツさん」
 カルミアは呟いた。
 ゼンマイが切れかかっているような感覚。朝に十回巻かれたのだ。明日の朝までは十分動けるはず。しかし、意識が消えかかっている。飛んでいるのが精一杯。
 石盤から放たれる力。魔力や霊力の機能を停止させる力。その力は強まり、カルミアや空刹、宗次郎の意識を停止させようとしている。間近にいる自分たちは影響が大きい。
「おい、空刹。何とかならないか……」
 眉間を押さえながら、宗次郎が呻く。意識を保つのが限界に近づいていた。
 ちらりと結奈を見やる。
 何本も立ち並ぶ巨大な影。黒い森のように見えた。その間を鳥のように飛び回り魔法を放つリリル。軽業師のように攻撃を躱しながら、影による攻撃を放つ結奈。
 ただ、どちらも決定打になっていない。
「難しいですね」
 空刹は首を振った。
 あちこち焦げた青い服とマント。帽子はどこかに消え、灰色の髪も半分ほど燃えていた。宗次郎とカルミアが治療したとはいえ、爆発によるダメージも大きい。石盤の解析に自分の全妖力を使っているので、治療に回す力がないのだ。
「正攻法では止められません。術式が暴走状態です。下手に解体しようとしたら、それだけで爆発。大きな衝撃でも爆発の危険性があります。市庁舎の半分を吹き飛ばして、死者は数十人。負傷者は数百人。これでは、爆弾テロですね」
「どうにかならないんですか? これじゃ、みんな終わりですよ」
「何とかしてくれ。慎一も、結奈も、俺たちも死ぬぞ! もとはといえば、あんたが先制攻撃を提案したんだ。責任持って止めろ!」
 冷静に分析する空刹に、カルミアと宗次郎は声を上げた。
 この状況は、空刹の言葉に従った結果である。宗次郎の家で待機していたら、何とか防げたかもしれない。ただ、待っていただけなら、結界によって止まっていたかもしれない。空刹を責めることも出来ない。
 ふと思いついたように言ってくる。
「実は僕、彼らの仲間でした――とか言ったら怒ります?」
「殺す。てか、冗談言ってないで何とかしろ」
 刀を突きつけ、声を荒げる宗次郎。
 空刹は無言で立ち上がる。頼りない足取りで石盤から離れ、コンクリートの床に落ちた大剣を掴んだ。宗次郎が投げたものである。
「危険物排除の最終手段は、爆発処分です。上策とは言えませんが、仕方ありません。衝撃で暴発したら、運が悪かったと思って諦めて下さいね」
 空刹は大剣を振り上げた。

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