Index Top 目が覚めたらキツネ

第7節 数の暴力


 咳払いをして、空刹は口を開く。
「二人は以前からカルミアくんを探してたようです。結奈くんがカルミアくんを見つけたのを察知し、市役所の一室から監視していました。慎一くんが箱を開けたので、行動を起こしたというわけです。予想外に早く開けてしまったので、準備不足のようですね」
 口を閉じてから、首を傾げる。
「しかし、なぜ簡単に開けられたのでしょうね?」
「理由分かるか?」
 慎一はカルミアを見やった。
 結奈が一週間かけて開かなかったものである。術式は難解で強力。だというのに、慎一が一度法力を通しただけで開いてしまった。出来過ぎている。
 袋ごと囓っていた煎餅から口を離し、カルミアは困ったように答えた。
「わたしに訊かれても困りますよ……。わたしは箱の仕組みも知りませんし、何で箱に入れられていたかも覚えていませんし」
「だよな」
 ぱたりと尻尾を跳ねさせる。
 カルミアは慎一の湯呑みを抱え上げた。縁に口をつけ、身体を傾けながら豪快にお茶を飲む。空になった湯飲みを置き、頬を緩めて息をついた。
「熱いお茶は美味しいですね……」
「あたしが色々弄ったから、開く寸前まで行ってたのね、きっと。そこに法力通したから開いたんじゃない? 詳しく調べないと分からないけど」
 適当に言ってから、結奈は空刹を眺めた。拍子抜けしたように呻く。
「しっかし、呆気ないくらい分かってるわね」
 この家を拠点に状況を確認し、黒幕と拠点を調べ上げ、解決する。一ヶ月はかかることも覚悟していたのだが、思いの外早く終わりそうである。
「動きは九割方掴んでいましたので、捕縛待ちでした」
 板チョコを齧りながら、空刹は言った。マントから取り出したらしい。テーブルの上に五枚積まれている。胃が頑丈なのかもしれない。
 慎一たちは顔を見合わせた。
「なら、俺にも情報が伝わってるんじゃないか?」
「……あたしが知らないはずないんだけど」
「僕も知らないな」
 担当地区の退魔師、守護十家の人間。情報が伝わっていないはずがない。事実として、周辺で起こる事件や出来事は、漏れなく伝わってきていた。
「一応一級機密任務なので、宗次郎さんには知らされていないです。慎一くんと結奈くんは、正式な退魔師でないので、知らせていませんでした。このような事態に発展するのでしたら知らせておくべきでした。すみません」
 チョコレートを置き、空刹は素直に謝罪した。
 結奈は不服げに腕組みする。文句は言わない。
「いいわ。続けて」
「蓮次は外部の何者かに依頼し、この結界を張ったようです。持ち込んだものから推測するに、内側から略式の封力結界を重ね掛けする気のようですね。追加の結界を張られたら僕たちも止るでしょう――」
「いつ張られる予定?」
「早朝から突貫作業で始めたとして、今日十三時頃だと思われます」
 空刹は時計を示した。現在は、八時四十七分。
「僕たちはどうするんだ?」
 狐耳を撫で、慎一は問う。取れる選択肢は多くない。待機か攻撃かの二択。ただし、こちらの制限時間は午後一時ほどまで。取れる手段は攻撃しかない。
 空刹は最中を齧ってから、
「二人は今も市庁舎にいます。他にアジトはないようなので、移ることはないでしょう。準備を整え、十三時までに倒します」
「呆気ないなー。もっと、こう、ぐっと来るような何かがあると思ったんだけど」
「世の中そんなものでしょう?」
 残念がる宗次郎に、一言。複雑に見えることでも、蓋を開けてみると単純というのは、世の常だった。言うほど単純なものでもないだろうが。
「わたしは何をすればいいですか? 手伝うことはあります? 身体は小さくても色々なことが出来ますよ。こう見えても強いです」
 得意げに胸を張るカルミア。
 その頭を指で撫で、慎一は言った。
「意気込みだけ貰っておくよ。それで、強いのかその二人? 伏兵はいるか?」
 自分は戦闘能力だけなら一級退魔師に相当する。三級位の蓮次は強いだろうが、負けることもないだろう。リリルの方は情報がないので、推測出来ない。
「慎一くんと結奈くんで何とかしてください。二人なら十分倒せるでしょう」
「妥当だな」
「というわけで、これをどうぞ。空渡の式服です」
 空刹はマントから畳んだ服を取り出した。
 守護十家のひとつ、招雷の空渡。天候操作を行う術を得意とする。構成は二十二人。強さでは上から三番目。防護装備を専門に作っている。
「……?」
 式服を受け取り、慎一は尻尾を曲げた。
 紺色の小袖。次に白衣。袖本は肩で留まっているだけで、袖口に紺色の飾り紐が通されている。水干のようだが、どこか違った。そして、紺色の行灯袴。全て絹製、夏用らしく生地が薄い。なぜか、太股丈の黒いスパッツと薄いショーツ。
 強力な式服であることは分かるが――腑に落ちない。
「何だ……これ?」
 首を捻り、尻尾をさらに曲げ、慎一は空刹を睨んだ。
「こんなこともあろうかと、事前に用意しておいたものです。行灯袴だけでは、足がスカスカすると思うので、スパッツもあります。どうでしょう? 耐水や汚止めの術も込めてあり、返り血もなどの汚れも問題ありません」
「巫女装束じゃない辺り、侠気を感じるわ!」
「銀狐には紺色だよなぁ!」
 興奮したように目を輝かせる、結奈と宗次郎。片目を瞑り、応えるように親指を立てる空刹。三人の間に生まれる、きらめく空気と謎の連帯感。
「わたしもそんな服着てみたいです」
 カルミアも羨ましそうに式服を眺めている。
 会話を無視し、慎一は服を突き返した。
「拒否する」
「この服がいいと思う人、挙手」
 結奈の提案に、慎一以外の四人が手を挙げる。
「民主主義的多数決により、決定しました。着替えて下さい」
「数の暴力だろ!」
 言い返す慎一に、空刹はにこやかに断じた。
「民主主義とは、すなわち数の暴力です。腹括って下さい」
「少数派の意見も尊重しろ!」
「あんたに選択の自由はないわよ」
 結奈が口を挟んだ。ソファから立ち上がり、眼鏡を光らせる。
「三人がかりで脱がされるか、自分で着替えるか。二択よ。選びなさい」
 ぎしりと歯を軋ませる慎一に、空刹が畳み掛けた。
「ボディスーツの方がよかったですか? 十秒以内に用意しますよ」
「分かったよ! 着替えりゃいいんだろ!」
 尻尾を伸ばし、やけ気味に叫ぶ。言って分かるような相手ではないし、抵抗しても勝ち目がない。空刹が式服を見せた時点で、逃げ道はなかった。
 結奈は鷹揚に頷くと、宗次郎に手を振る。
「先生。生着替え撮影するから、デジカメとビデオお願……」
 慎一の拳が結奈を殴り倒した。

Back Top Next