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第4節 怪しい協力者 |
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子供たちの背後に男が立っていた。いつの間にか佇んでいる。 「自分よりも弱い相手を倒せないことです」 中肉中背で、身長百八十センチほど。若い、だが具体的な年齢は特定できない。とにかく若い男。逆立った灰色の短い髪と、のほほんとした表情。服装は青いコートのような服と同色のスラックス、黒い軍靴。青い帽子とマントに身を包んでいる。 絶対に不自然なはずなのに、微塵の違和感もない格好。 「初めまして。僕は空刹という者です」 帽子を取って一礼し、空刹はマントに手を入れた。引き抜いた手には、巨大な剣が握られている。収納していた原理は分からない。 「……何する気だ?」 刃渡り百五十センチ、身幅二十センチ。長大な両刃の十字剣だった。布の巻かれた三十五センチほどの太い柄。身幅も肉厚も非常識で、人間に扱える代物ではない。 五十キロを超えるだろう金属の塊を、空刹は右手だけで頭上に振り上げてみせる。重心のバランスなど、平然と無視して。 「待っ!」 袈裟懸けに振り下ろされる剣。 手近にいた少女が、袈裟懸けに両断される。声もなく血を吹き出し、左右に倒れた。アスファルトを砕く切先。薙ぎ払いが、子供三人の胸を斬り払う。 空刹の腕が返され。 左手を添えた刀の鎬が、刃を受け止めた。大剣を刃先で受け止めることはしない。 「何考えてるんだ……お前!」 「そうですねぇ。君たちのことを調べるために、一芝居打ちました。慎一くんは冷酷さが足りません。他の二人はまだ未調査ですけど、結奈くんは高すぎる行動力が、宗次郎さんは単純に戦闘能力が弱点のようです」 すらすらと答える空刹。子供を斬り殺したとは思えない態度である。 慎一は後ろに跳んだ。牙を剥き、狐耳と尻尾を逆立てる。左半身を踏み出し、柄頭を握った刀を引き絞った。足下から拳まで、全身の筋肉を破裂させる構え。 「……覚悟はいいか?」 「今の子供はフェイクです」 こともなげに言うと、空刹は剣をマントにしまった。どういう原理か不明だが、とにかくしまい込んだ。剣がマントの中に消える。 「君は――自分と同等以上の強さを持つと思える相手。つまり僕には、殺意を向けることが出来ます。しかし、自分より弱い相手を倒すことは出来ません」 そう言って、視線で周囲を示した。子供の姿は消えている。土の塊とナイフや拳銃が、道路に落ちていた。死体を土に変えたということはないだろう。 尻尾を一振りし、慎一は刀を納める。 「説明しろ」 「土人形。いわゆるゴーレムです。即席ですけど、頑張って作りました」 空刹は涼しげに笑って見せた。 慎一を試すために、土人形を作りけしかける。実物の拳銃を持たせ、自分で子供を殺す演技までして、弱点を突きつけてみせた。悪趣味としか言いようがない。 「……性格悪いって言われないか?」 「みんなそう言います」 悪びれる様子もない。 「改めて自己紹介を。僕は空刹。神殿調査員の天才科学者です。東長の命令で今回の一件を調査している者の一人……といっても、無事なのは僕一人で、みんな止まってしまいましたよ。詳細は後ほど」 ようするに妖と神の公安調査庁のような仕事だ。 空刹を見つめ、結奈が訊く。眼鏡を動かし、 「天才科学者ねぇ……嘘臭い肩書き。このタイミングで現れるのは絶対に黒幕だって、大昔から相場が決まってるものよ。信用していいの?」 慎一と言い合っている間、後ろでじっと機会を窺っていた。慎一が攻撃される瞬間を狙っていたのは明白である。攻撃する時は防御が疎かになりやすい。 空刹は両腕を広げてみせた。 「できる――と言っておきましょう。しかし、言葉だけで僕を信用すると言うのならば、あなたはただの馬鹿ですね」 「言うわね。半分信用しておくわ」 本気とも嘘ともつかないことを言い、結奈は腰に手を当てる。 「質問。何であなたは無事なの?」 「回答。僕が術の原理に詳しいからです。封力結界。街ひとつを隔離し、中にいる力のある者を封じる術です。君たちは人間ですから、術の効果が薄いですね。結界の外には逃げられなくなりますけど……。僕はぎりぎりで逃れました」 淀みなく答える空刹。あらかじめ用意した原稿を読んでいるようにも見えた。 封力結界。実在する術である。知らた術ではないため、すぐには思い出せなかった。効果は空刹の言った通り。準備に一週間ほどかかる大掛かりなものだ。 「敵は内側から術を重ね掛けするでしょう。そうなれば、僕たちも動けません」 慎一は結奈と顔を見合わせる。 「車に乗って。助手席ね」 「信用されてませんねぇ」 苦笑しつつ、空刹は道路に散らばった拳銃やナイフを回収した。拾い上げて、マントにしまう。どこへとなく消えてしまう武器。 慎一は刀を持ったまま、後部座席に乗り込んだ。 カルミアが不思議そうな顔をする。 「クウセツさんって変な人ですね」 「胡散臭い。僕から離れないでくれ」 言いながら、右手の平を持ち上げた。意図を察し、カルミアが乗る。 慎一は右腕でカルミアを抱えた。大事なものを守るようにしっかりと抱き締める。左手に刀を持ち、抜打ちで車体ごと切断できるよう、鯉口を切った。 宗次郎が引きつったように笑い、自分を指差す。 「もしかして、最初に襲われるかもしれないのって、俺?」 「でしょうねぇ」 空刹が助手席に乗り込んだ。 「僕がボロを出すのを待っているようです。後ろには攻撃しづらいので、一番危険なのは真横にいる宗次郎さんですね。普通に考えたら」 マントから取り出した紙袋を、膝に置いた。 鯛焼きの大猫屋と印刷された紙袋。封を切り、中の鯛焼きを食べ始める。焼きたてらしく、香ばしい匂いが車内に広がった。保存方法は不明。 「甘い匂い……。美味しそうです」 カルミアが食い入るように鯛焼きを見つめる。 結奈が車に乗り込んだ。ドアを閉めた。 「お前ら、先生を何だと思ってるんだよ」 「囮」 宗次郎の問いに、即答する結奈。 大袈裟にため息を吐き、宗次郎はアクセルを踏み込んだ。空刹に声をかける。 「俺にもひとつくれ」 「どうぞ」 差し出された宗次郎の手に、鯛焼きが渡される。 宗次郎は警戒する様子もなく、鯛焼きを頬張った。毒物でも入っていれば、空刹が敵と判明する。仮に敵だとしたら、ここで正体を明かすこともない。鯛焼きに毒などが入っている可能性は限りなく低いだろう。 「これ、僕の身分証明のようなものです」 空刹はマントから取り出した書類を渡してきた。 |