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第1節 史上最高の天才 |
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「どういうことだ? それ……」 背筋に薄ら寒いものを感じながら、キリシはハーデスを見返した。 ハーデスは手近な鉄骨に腰を下ろすと、 「それを知るには――まず、レゼルド・オーン・シルバースターという男のことを知る必要がある。そうしなければ何も始まらない」 「僕の実の父さん」 この名前を初めて聞いたのは一年少し前。ササス村を旅立つ前の日だ。 話が長くなりそうなので、キリシは適当な木箱に腰を下ろす。ティルカフィとルーも、近くの鉄骨に座った。陽炎はその場に胡座をかく。 聞く態勢が整うのを待ってから、ハーデスは口を動かした。 「レゼルドを一言で表すならば、史上最高の天才科学者だ。数千年に一度生まれるか生まれないかというほどの驚異的な頭脳を持っていた。今までの歴史の中で彼の右に出る者はいないだろう」 「凄い人ですね。キリシさんのお父さんって」 素直に驚くティルカフィ。 しかし、陽炎は制止するように右手を上げた。尻尾で地面を叩き、 「おい、そんな奴本当にいるのか……? 俺はレゼルドなんて名前、全然聞いたことないぞ。史上最高の天才科学者とかいうなら、有名なんじゃないか」 それは正論だった。天才と呼ばれる科学者ならば、あちこちに名前が出るはずである。少なくとも、どこかで一度くらいは見たり聞いたりするはずだ。 しかし、キリシもレゼルドの名を目にしたことはない。耳にしたこともない。 ハーデスは親指でコートの襟を撫でて、 「普通の科学者ならそうだが、レゼルドは普通の科学者ではない。さっきのチェイサー・シーフェンスのように国家機密の研究をしていた科学者だ。しかも、奴のように普通の科学者を装うこともなく、自分の研究に従事していたからな。名前が出ないのは当然だ」 「でも、何であなたはそれを知ってるの?」 ルーが当然の疑問を口にするが―― ハーデスはちらりとルーを見やるだけで、質問には答えなかった。答えようとする素振りすらない。不必要な話に時間を費やす気はないようである。 「レゼルドは――僕の父さんは、一体何の研究をしてたんだ? 何かわけがあるらしいことは聞いていたが……」 キリシはやや身を乗り出した。レゼルドがただの男でないということは、村を出る時に父から少しだけ聞いていた。だが、具体的に何があったのかは知らない。 ハーデスは答える。たった一言の返事。 「《銀色の杖》の研究だ」 「……………」 その言葉に、全員が固まった。静かだが、岩のように重い沈黙。声を出すことを封じられたかのように、誰も何も言えない。 音もなくそよ風だけが吹き抜けていった。紙くずが転がっていく。 その沈黙を押しのけ、キリシは何とか喉を動かした。 「《銀色の杖》の、研究……?」 「そうだ」 対照的にハーデスの声は明確だった。氷のように冷たく、鋭い。 「レゼルドはその頭脳を以って、《銀色の杖》を調べ尽くした。《銀色の杖》が持つ力、そこから派生する魔術や神術、妖術の理論、生物を異なる生命体に変化させる要素、副作用、危険性、使い方。その全てを解き明かしたと言われている」 そこで陽炎が割り込んでくる。腑に落ちないといった表情で、顎に手を当てた。尻尾を左右に動かしながら、呻く。 「そもそも《銀色の杖》って何なんだ? お前なら何か知ってんだろ」 しかし、ハーデスは首を横に振った。 「俺も詳しいことは知らない。どこで誰が発見したかも含めてだ。その存在の大半が謎と言っていい。《銀色の杖》についての詳細な知識を持ってるのは、剣を直接研究していたレゼルドくらいだろう」 「なら、そのレゼルドは今どこにいる?」 睨む陽炎に、あくまで淡々と答える。 「既にこの世にはいない。十六年前に死んだ」 「十六年前……」 キリシは。十六年前といえば…… それを察してか、ハーデスが斬りつけるような視線を向けてくる。 「そうだ。お前を預けた後に、レゼルドは自ら命を絶った。《銀色の杖》を軍事利用しようとした者たちに追われ、《銀色の杖》に関する膨大な知識とともにな。後に残ったのは、《銀色の杖》とほんの少しの資料、あと発動者であるお前だ」 「発動者って、何だ?」 凍えにも似た緊張を覚えながら、キリシは尋ねる。単語だけを見れば、《銀色の杖》を発現する者ということだろうが、それが何を意味するのかは分からない。 ハーデスは目を瞑り、腕組みをすると、 「レゼルドが《銀色の杖》の研究の集大成として作り上げた、剣の力を完全に引き出すことのできる人間……らしいが、俺が知っているのはそこまでだ」 「作り上げた?」 引っかかる表現に、キリシは疑問符を浮かべた。 閉じていた目を開き、ハーデスは言ってくる。 「お前は自分がレゼルドの息子だと思っているようだが、それは違う」 「―――? 違う?」 さらに疑問符を浮かべる。 キリシは今まで、レゼルドが実の父親であることに何の疑問も持っていなかった。それをいきなり違うと否定されてしまっては、困惑するほかない。 答えるハーデスの口調に、変化はなかった。 「お前は、レゼルドが自らの細胞から作ったクローンだ」 |