Index Top 不条理な三日間

第3節 探し人見つからず


 街灯もない暗い路地を、足音も立てずに歩いていく。
 明かりといえば空に輝く星だけだが、自分の周りにある物は十分に見えていた。人間三人がなんとか並べるほどの狭い道。その両側には、二階建ての古い建物が並んでいた。地面のあちこちに、空き缶や新聞紙などのごみが転がっている。
 それらを踏まないように足を進めていると、
「陽炎」
 背後から名前を呼ばれ、陽炎は足を止めた。頭が動くよりも早く、身体の方が動いている。振り返りながら戦闘態勢を作り、背中の大刀を抜いた。
 刃渡り八十センチほどの巨大な鉈のような刃物。柄と刃のついた板と表現する方が正しいかもしれない。切れ味は低いが、破壊力は折り紙付きだ。
 しかし、声の主が敵でないことを悟り、構えを解く。
「ルーか。脅かすな――」
 大刀を収めながら、陽炎は文句を言った。
「別に脅かしてなんかないわよ――」
 そんな返事とともに、近くの建物の陰から灰色のマントをまとった少女が現れる。フードを被っているせいで、顔は見えにくい。見えなくとも特に困らないが。
 左手の平を上に向けて短い呪文を唱えると、
「ライト・チップ」
 ふっと音を立てて、手の上に白い光が生まれた。少女が手を動かすと、光は音もなく宙に浮かび上がる。暗い路地が、白く照らし出された。
 急な明るさの変化に、陽炎は目を細める。
 少女――ルーは、寝ぼけたような眼差しで陽炎を見つめた。
「それよりあなたこそ、あちこち分かりづらい場所を移動して。何考えてるの」
 相変わらず感情の分かりにくい、抑揚のない声音である。が、慣れれば何を考えているのか分かるものだ。今は少し怒っているらしい。
 陽炎は耳の後ろをかきながら、目を逸らした。
「仕方ないだろ――。奴らに見つかるわけにはいかないからな。ま、見つかったところで拳銃を持った人間なんか、この俺の敵じゃないが」
 その話を聞き流して、ルーが次の言葉を口にする。
「あれはどうしたの? 持ってないわね」
「ああ。ちゃんと隠してあるから、安心しろ」
 言ってから、気づく。
 ルーの左右を見ながら、
「おい。ティルカフィはどうした? 一緒じゃないのか」
 我知らず、声が引きつっている。てっきり、ルーと一緒にいると思っていたのだが。まさか、どこかに隠れているということもないだろう。
「まだ見つけてないわ」
「まさか、奴らに捕まったか!」
 陽炎は大刀の柄に手をかけた。もし捕まったのなら、今すぐ全力で奪い返しにいく。勝ち目は薄いが、ティルカフィを見捨てるわけにはいかない。
 しかし、ルーはかぶりを振って、
「ううん。捕まった気配はないわ。ティルカフィってのんびりしてる割に意外としっかりしてるから。それに、結構運も強いし――」
 本気とも冗談ともつかないことを言ってくる。
「そうか……」
 安堵の息を吐いて、陽炎は柄から手を離した。捕まっていないならば、これから急いで探せばいい。だが、安心はできない。
 腕組みをして、表情をやや険しくする。
「なら、何でお前は俺の所へ来たんだ。俺より先にティルカフィの奴を探すべきだろ」
「あたしは元々ティルカフィを探してたのよ」
 ルーは不満そうに言い返してきた。口調はいつもと変わらないが。
「そしたら、その途中にあなたを見つけたわけ――。直接ティルカフィの所へ行ってもよかったんだけど、あなたを探すのは大変だから先に捕まえたの」
「なら――」
 陽炎は口元を引き締めた。
「ティルカフィは今どこにいる」
「ちょっと待って――」
 一言呟いてから、ルーは目を瞑った。
 その身体から、見えない網のようなものが展開されていくような錯覚を感じる。本当に見えない知覚の網を広げているらしい。陽炎は無言でそれを眺めていた。
 宙に漂う明かりの中、十数秒の静寂。
「やっぱり、広範囲の探知はきついわね……」
 疲れたように首を動かしてから、右の方を指差した。
「ティルカフィはここから東に五キロくらいの所を北に向かって歩いてる。けど――」
 そこで口ごもる。何か気になることがあるらしい。
 腕組みをして、陽炎は促した。
「けど、どうした?」
「誰かと一緒みたい」
「…………一緒?」
 予想外の言葉に、陽炎は顔をしかめた。
 ティルカフィも自分と同じ立場にある。つまり、誰にかに見つかるわけにはいかない。それなのに、誰かと一緒にいるというのは明らかに変である。
 陽炎はルーに一歩詰め寄った。我知らず、目付きが厳しくなる。
「誰って誰だ?」
「あたしの探知能力じゃ、そこまで詳しく分からないわよ」
 表情を変えぬまま、ルーが言った。その能力は便利だが、非常に役に立つというほど優れてもいない。探知できないことも多いのである。
「ただ、あたしが知ってる人じゃないことは確かね……。人数は少ないみたい。少なくて一人、多くても三人ってところかしら」
 きつく拳を握り締め、陽炎は囁くように尋ねた。
「そいつら、敵か?」
「だから、分からないって言ってるでしょ」
 両腕を広げて、ルーは答える。瞳に薄い緊張を湛えて、
「あたしたちはティルカフィを見つけなきゃならないんだから――。行けば分かるわ」
「そうだな」
 深く頷いて……
 陽炎はルーと一緒に駆け出した。

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