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第4節 切り札


 突き出された時雨を紅で受け止め、寒月は後退した。
 明日香の力、速さはさらに増している。
 寒月は明日香が成長していると思ったのだが、それは違った。戦いを始めた時は、半妖の力は一部しか覚醒していなかったのだ。その一部がどれほどかは不明だが。戦いを続けるにつれて、未覚醒の部分が徐々に覚醒しているらしい。
「神速の風!」
 寒月は明日香に迫った。明日香は無傷である。どんな傷を負っても、そのたびに修復してしまうのだ。対して、自分は満身創痍である。回復が追いつかない。
「六花咲! 百烈衝!」
 だが、全ての斬撃が防がれた。それどころか、防御に加え数発の反撃も放つようになっている。今は何とか避けられるが、そう長くないうちに避けられなくなるだろう。
 それでも。
「手札が尽きるまでやってやる!」
 寒月は明日香から距離を取った。精神を集中させ、剣気を生み出す。量は最大まで。斬れ味はいらない。剣気を紅に込めて、
「絶技・大地爆砕弾!」
 砕けたアスファルトの地面に突き立てる。
 剣気は地中を駆け抜け、明日香の足元に収束した。そこを中心とした半径十メートルが爆発したように吹き上がる。瓦礫やアスファルトの破片が飛び散った。
 明日香は爆発が起こる前に、跳び上がっている。
 寒月は手の中で紅を回転させた。空中では避けられない。
「斬鉄の輝き! 絶技・颶風乱気刃!」
 剣気の竜巻が幾重にも折り重なり、明日香へと襲い掛かる。空中に漂うコンクリートやアスファルトの破片が斬り刻まれた。竜巻斬りの強化版である。が――
「朝霧流・飛燕刃!」
 明日香の放った巨大な剣気が、剣気の竜巻を真正面から粉砕した。寒月の放った剣気が千切れ飛び、地面がえぐり飛ばされる。
 回避した寒月と明日香が、ともに着地した。
「俺の絶技も、通じなくなってる……」
 と、その時だった。
「カンゲツゥゥゥ!」
 空から、声が降ってくる。視線を移動させると、空からカラが降ってきた。大きな服をばたばたとなびかせて、寒月の横に着地する。
「よかった。生きてたヨ!」
「しかし、ぼろぼろですね」
 呟きとともに、ヴィンセントが地面に下り立った。その背中には、一対の黒い翼が生えている。それを折りたたみ、
「寒月殿。僕たちは、あなたに命を助けてもらいました。今度は僕たちの番です」
「明日香を倒すの。やっぱり、手伝うヨ」
 決意を固めた口調で、二人は言ってきた。
「カラ、ヴィンセント。邪魔をするなら、あんたたちも殺す」
 唸りながら、明日香が時雨を構える。
 カラは寂しそうに明日香を見つめた。
「アスカ……」
「疑問の余地なく暴走していますね。今こそ、切り札を使う時です」
 ヴィンセントは懐から銀の腕輪を取り出した。腕輪には、色とりどりの石がはめ込まれている。それは、精霊を封じ込めた精霊石という貴石だった。これがあれば、どこでも自在に魔法を使うことができる。
 腕輪を左手首にはめ、ヴィンセントは飛び上がった。
「吹雪よ、竜巻となれ!」
 突如として巻き起こった吹雪の竜巻が、明日香を呑み込む。冷たい風とともに、雪の結晶が降り注いだ。その冷気に、周囲の気温が数度下がる。
 カラは表情を引き締めた。
「ワタシもやるヨ」
 呟いて、腰に巻いた帯をほどく。意識を集中して、息を吸うと。
 カラの手足が伸び始めた。身体が成長していく。顔も幼いものから、引き締まった大人のものへと変わり、オレンジ色の髪も腰まで伸びた。これがカラの切り札である。
 帯を腰に巻き直し、捲くった袖を直す。服と身体の大きさがぴったりになった。
「カラ。それ、どれくらい持つようになった?」
「私も色々と特訓したから、一時間は持つようになった」
 大人に成長すると、精神年齢も上がるらしい。
 カラが構えを取ると、全身から金色の毛が生え、狼へと変身した。
「ヴィンセント、お前は上から魔法で攻撃してくれ。飛んでくる剣気に注意しろよ。カラは俺の援護を頼む! 言っとくが、明日香は妖術でこっちの攻撃が予知できる」
「イエッサー!」
 返事と同じくして、吹雪から明日香が飛び出してくる。
「行くぞ」
 寒月は紅を構えて、駆け出した。一歩分遅れてカラがついてくる。
 明日香が時雨を構えるのを見て、寒月は右に跳んだ。カラは左へ跳ぶ。明日香の瞳に戸惑いの色が浮かんだ。どちらを攻撃するか迷ったのだろう。
「鉛の刃! 天翔流奥義・剛刀!」
 渾身の剣気を込めた大上段からの振り下ろし。明日香は時雨でそれを受け止め。
 弾丸のように突き出されたカラの拳に打ち倒された。が、空中で身体を回転させ明日香は体勢を立て直す。時雨を構えて二人に向き直った。傷はない。
「私の拳が、効いてない」
 カラが呻く。明日香は殴り倒されるのを予知していたのだろう。
「雷よ、槍となれ!」
 頭上からの稲妻を見もせずに躱し、明日香はヴィンセントめがけて剣気を放つ。
 再び突っ込んでいく寒月とカラ。今度は、カラが前である。
 明日香は、右手だけで時雨を横に振った。カラは身を屈めて白刃を躱し、明日香の顔面めがけて左の正拳を放つが、あっさり躱された。
「突撃衝!」
 突進からの右の突き。明日香はそれを予測していたように――現に予知しているのだが、これもあっさりと躱した。ただ、これも寒月の予想のうちである。
「光よ、大剣となれ!」
 上空から放たれた巨大な白光が、明日香を呑み込んだ。熱気を帯びた風が吹き抜け、爆圧に瓦礫が吹き飛ばされる。轟音が大気を震わせた。
 光が消えた後には、何も残っていない。明日香も。だが、消し飛んだわけではない。
「明日香は?」
「寒月……私の腕が」
 虚を疲れたようなカラの呟き。見ると、カラは呆然と自分の左腕を見つめていた。ただし、肘のやや上から先がなくなっている。腕は近くに転がっていた。
 いつ斬られたか、分からない。考えている時間もない。
 寒月は地面を蹴った。カラの背後に現れた明日香へと。二人の声が重なる。
「天翔流奥義・剛刀!」
 技に打ち負けて、寒月は地面に転がった。すぐさま立ち上がり迎撃態勢を作る。
 明日香は右手だけで時雨を構えていた。左手には――
「鋼線か」
 明日香の左手には百センチほどの鋼線が握られている。大学へ向かう前、明日香はジャケットに鋼線を仕込んだと言っていた。鋼線でも剣気を帯びれば刃物である。
 カラは立ち上がっていた。左腕は元通りにつながっている。上級妖魔の回復速度は、執行者のそれよりも速い。斬られた腕くらいなら数秒でつながるのだ。きれいに斬られたものなら一秒もかからない。
「寒月――」
「今の明日香は二刀流だ。左手は鋼線。不用意に仕掛けるなよ」
 と、ヴィンセントに合図を送る。
「炎よ、雨となれ!」
 何十本もの炎の矢が、雨のように降り注いだ。明日香はどうということもなく炎の矢を受けながら、ヴィンセントを睨む。
 明日香が跳んだ。ヴィンセントは大鎌を作り出し――
「受けるな! お前には防げない!」
 寒月の叫びに、翼を動かし素直に後退する。ヴィンセントの戦闘技術はそれなりのものだが、明日香の力の前には無力。大鎌で時雨は受け止められない。
 空中に留まったまま、明日香は時雨を振った。
「朝霧流奥義・長刀!」
 時雨から伸びた剣気が、ヴィンセントを斜めに両断する。しかし、ヴィンセントは身体を霧状にして、剣気を受け流した。
 夜だけ使える妖術。ヴィンセントは身体の一部を霧に変えられるのだ。攻撃を受けても傷はできない。が、攻撃を無効化できるわけではない。
 ヴィンセントに気を取られた明日香に、狙いを定める。
「絶技・颶風乱気刃!」
 寒月の放った剣気の大竜巻が明日香を呑み込んだ。
 だが、明日香は無数の剣気に刻まれ吹き飛ばされながら、表情ひとつ変えない。剣気に斬られた瞬間には、傷が修復されている。
「速い」
 修復速度は、自分の攻撃を超えていた。
 地面に下り立つと、明日香は時雨と鋼線を構え、向かってくる。
「朝霧流・六花咲――二刀!」
 寒月とカラは左右に跳んで攻撃を躱した。鋼線が明日香の手から離れる。
 鋼線はカラの右足に巻きつき、苦もなくその足を斬り落とした。明日香は寒月から目を離し、体勢を崩したカラに接近する。避けられない。
「カラ!」
「貫けぇっ!」
 弾けるようにカラが突き出した貫き手が、明日香の胸を貫いた。派手に鮮血が飛び散る。そこは心臓のある位置だった。心臓を破壊されれば、生物は死ぬ。はずだが――
 明日香は平然と腕を振った。
「朝霧流奥義・烈巻爆砕衝!」
 お返しとばかりに、時雨がカラの胸を貫く。ともに放たれた剣気の渦が、金色の身体を吹き飛ばした。カラは紙くずのように吹き飛び、飛び散る瓦礫の中に消える。
 明日香の胸の傷は消えていた。
 ヴィンセントが瓦礫の上に下り立つ。翼を消し――
「ヴィンセント!」
 寒月は叫んだ。
「任せて下さい!」
 ヴィンセントは明日香へと突っ込んでいく。何か策があるらしい。だが、通じるとは思えなかった。明日香は迎え撃つように時雨を構え、
「六花咲!」
 身体を霧状にして連続斬りを受け流し、ヴィンセントは明日香の左手を掴む。
「元素よ、虚無となれ」
 明日香の腕が、ヴィンセントに掴まれた部分から崩れるように消滅していく。魔法によって、原子間の結合を破壊したらしい。防御ごと敵を消滅させる最終手段。
 だがそれは、ヴィンセントも同じだった。反作用で右腕が崩れていく。
 明日香の左腕が、消えた。しかし、そこまでである。明日香は崩壊が身体に及ぶ前に、左腕を時雨で斬り捨てていた。左腕の修復が始まっている。
 対して、ヴィンセントは右胸の辺りまで身体を失っていた。
「冗談抜きに、無敵ですね……」
「朝霧流・竜巻斬り!」
 剣気の竜巻に呑まれて、ヴィンセントが吹き飛ばされる。声が、聞こえてきた。
「生命の……水を……」
「…………」
 言われて思い出す。寒月は懐からガラスの小瓶を取り出した。
 生命の水。奇跡的に割れてはいない。これを飲めば、今まで負った傷は回復する。しかし、万全の状態となったところで、明日香に勝てる見込みはない。
 見込みはないが……
「俺の切り札」

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