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第4節 大事な話 |
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扉を開けると、家に漂っていたものとは微妙に違う匂いが流れてきた。 明日香は慣れた足取りで自室を横切り、ごく自然な仕草で、ベッドに腰を下ろす。そこが定位置なのだろう。 「大事な話って何なの?」 明日香が訊いてくる。 入り口の扉を閉めて、寒月は部屋を見回した。座れそうな場所を探す。 二階にある明日香の部屋。他の部屋の床は畳張りだが、この部屋は板張りだった。緑色のカーテンがかかった窓、使い古された勉強机、明日香が座っている真新しいベッド、木のたんす、本棚。何の変哲もない部屋だが、本棚に並んでいる本は、剣道、柔道、空手、合気道、などと格闘技に関するものばかりだった。自分が座れそうな場所がない。 仕方ないので、手近な壁に背を預けた。 「それを説明するには、色々なことを知ってもらわなければならない。が、結論だけを先に言えば、お前は命を狙われている」 「それって、コンビニ前であたしを襲った化物のこと?」 「そうだ」 「あいつら、何なの?」 「妖魔だ」 明日香を見返し、寒月は言った。 「妖怪、物の怪、魔物、妖精、悪魔、天使……呼び方は色々あるが、俺たちは妖魔で統一している。生物の思いや願いが、何かを核にして生まれた超自然的生命体。無限に等しい寿命と、高い生命力を持ち、妖術と呼ばれる特殊能力を操る。容姿や性格は様々、力の強さから下級、中級、上級に分類される。お前を襲ったのは、最下級妖魔の群れだ」 「最下級……って、最下級であんなに強いの?」 自分を襲った妖魔を思い出して、明日香が呟く。 「生身の人間が妖魔を殺すのは難しい。銃火器を使ってもな」 「でも、あなたは……」 目を向けられて、寒月は微苦笑をした。なぜ自分はああもあっさり倒せたのか。自分の髪を掴む。細い鋼線のような闇色の髪。黒い瞳。 自分の見た目は人間に似ているが。 「俺は人間じゃない。執行者だ」 「執行者?」 「裁定者の下した命令を執行する者。無限の寿命とほぼ不死身の身体、ジャッジという特殊能力を持つ。主な仕事は、掟を破った妖魔の封印、抹殺。他にも、色々な任務が与えられるが、詳細は省く。地位は三級から特級まで分けられる。階級が高い方が強い――ちなみに俺は一級だ。今は、お前を監視する任務を与えられている」 「……何だか、空想小説みたい……」 目眩を覚えたように、明日香は額に手を当てる。 「だろうな」 寒月は同意した。自分が明日香と同じ立場に立たされたならば、同じことを考えているだろう。人間の世界に生きている者にとっては、自分の言うことは荒唐無稽でしかない。しかし、事実である。 何かを確認するように首を動かし、明日香が訊いてくる。 「にしても、何であたしは命を狙われてるの?」 「人間じゃないからさ」 寒月の答えを聞いて、明日香の顔から表情が消えた。表情を形作る筋肉が完全に弛緩している。全く予想外の事実を突きつけられた顔だ。 「それって……」 平坦な声で訊いてくる明日香。どういうことなのか理解できないのだろう。 寒月は告げた。 「お前は、半妖だ」 「はんよう――?」 明日香は棒読みに繰り返す。 「人間と妖魔――。極めて稀なことではあるが、この両者の間に子供が生まれることがある。この混血児を半妖と呼ぶ。前例は七人しかいない。お前は八人目だ」 「それって、本当なの?」 半信半疑といった口調で訊いてきた。人間として生きてきた明日香には、自分が人間でないということが、信じられないのだろう。 寒月は明日香の左目を指差した。 「お前の左目――変だと思ったことはないか? 人間にはありえない、緑色の瞳。半妖は身体のどこかに半妖である刻印が現れる。お前の場合はその左目だ」 「…………」 何も言わずに、明日香は左目に手を当てる。 構わず寒月は続けた。 「理由は不明だが、半妖は例外なく強い力を持っている。親である妖魔よりも何倍も強い。特級執行者に迫るほどだ――」 「…………」 明日香の頬がぴくりと動く。目を押さえていた手を下ろした。固まっていた表情が、笑みの形へと変わっていく。嬉しそうに瞳を輝かせながら、 「じゃあ……」 頭痛を覚えて、寒月は眉間に人差し指を当てた。 「お前の考えていることは分かる……。お前の中に眠っている力を覚醒させれば、お前は誰よりも強くなる。だが、それは自殺行為だ」 「何で?」 「お前は、半妖の中でも特別なんだよ」 「特別?」 オウム返しに呟く明日香。 それを見つめて、寒月は別のことを言った。 「お前、自分の両親のことを知っているか?」 |