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猫が恩返し エピローグ


 一人用の布団に二人が入るのはやや窮屈だが、苦痛というほどでもない。
 シロは正博の身体にぴったりと寄り添っていた。服装は水玉模様のパジャマである。術
で作ったものではなく、シロに着せようと買っておいたものだ。紺色のメイド服はシロが脱
いだ途端に消えてしまった。そういうものらしい。
 正博の腕を枕にしたまま、シロが楽しそうに呟く。
「ご主人様のお布団暖かいですね」
「二人で入れば暖かいよ」
 左手でシロの頭を撫でながら、正博はそう答えた。二人分の体温で、布団の中は多少
熱いくらいである。体温だけが原因でもないだろうが。
 気恥ずかしさを誤魔化すように、正博は頷いた。
「そういえば、シロの名前決めないとな。いつまでもシロじゃまいずいだろ。シロなんて名
前の人間はまずいないんだから。あと戸籍もどうしよう?」
 今まで特に気にせずシロと呼んでいたが、人前でシロをそのまま呼ぶわけにはいかな
い。相応しい名前も決めておかないといけない。それに、猫に戸籍があるわけでもなく、
その辺りも何とかしなければいけないだろう。
「戸籍とかの公的手続きの方は神様が何とかしてくれるそうです」
 そう答えてから、シロは首を左右に動かした。
「あと、名前はまだいりません。まだ人間としての名前を貰っちゃいけないんです」
「よく分からないな……」
 正直な感想を口にする。
 シロは困ったような顔をして、自分の頬を撫でる。
「決まりなんです。猫が人間になるって、生き物が別の生き物になるってことですから。そ
の手順も色々沢山ありますし、その手順も間違ってはいけないんですよ。たとえば、私が
人間として問題なく動けるようになるまで、ご主人様のことはご主人様と呼ぶとか、色色
々あるんです」
 詳しいことはよく分からないが、本当に大変らしい。
 好奇心のままに、正博は尋ねてみた。
「もし間違えたら?」
「人と猫又の間の中途半端な妖怪になってしまう、と神様は言っていました。それがどう
いうことなのかは、私も分かりません」
 明後日の方向に視線を向けながら、シロが答える。
 しかし、その状態を恐れているようには見えなかった。そうなることがないと確信してい
るのか、そうなっても平気なのかは分からない。ただ、滅多に起こることではないことは
理解できた。
「前にも言いましたけど、私が人間になれるまでは、七年くらいかかると思います。それま
で、色々とご主人様にも協力して頂きたいこともありますが、いいでしょうか?」
 シロがふっと不安げな顔色を見せる。
 やはり、まだ自分が受け入れられないかもしれないという不安を持っているようだった。
シロは元々猫である。それが人間に姿を似せ、思考や言葉を覚えても、結局は人間では
ない。それは仮に人間になっても、一生つきまとうことだった。
「大丈夫だよ。安心してくれ」
 正博は両手でシロの身体を抱き締め、そっと背中を撫でる。それで少しは安心したよう
だった。少し緊張していた身体から力が抜ける。
「未来の妻に協力しないほど、俺は薄情じゃないって」
「ありがとうございます……」
 その声は少しだけ震えていた。

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