Index Top 一ノ葉の再調教

エピローグ


「さすがに痛いんだけど……」
 右手にくっきりと付いた歯形に治癒の術をかけつつ、初馬は一ノ葉を見下ろした。出血は止まったが、傷が消えるのには数日かかるだろう。
 暖房の効いた部屋は暖かい。外はすっかり暗くなり、天井の蛍光灯が部屋を白く照らしていた。テレビは点いていない。
 狐の姿に戻った一ノ葉は、寝床であるバスケット潜り込み、初馬を睨んでいる。
「噛まれただけで済んだのはありがたいと思え……。貴様がワシの主でなかったら、八つ裂きの微塵切りにしてたところだ」
「俺も少しやり過ぎたと反省してるよ」
 初馬は傷口に薬用湿布を貼り、包帯を巻き付けた。湿布は抗生物質を含んだもので、傷の化膿防止になる。野良犬や野良猫などとは違い、一ノ葉は雑菌を持っていないが、それでも噛まれた傷を放置するのは危ない。
「反省するなら最初からやるな」
 大きくため息をついている一ノ葉。その声には強い諦めが見えた。とりあえず実行、という初馬の性格は理解しているらしい。
 初馬はベッドに置いてあった本を手に取り、
「でも、もういくつか試してみたい術あるけどね」
「や、め、ろ……!」
 恐怖に顔を引きつらせながら、一ノ葉が声を上げた。
 式神術を試す場合、その実験台となるのはまず使役する式神である。初馬が術を試す場合は、ほぼ確実に一ノ葉が実験台として選ばれるのだ。その実験台としてどう使われるのかは、身を以て知っているだろう。
「まあ、残った術はそれほど必要性あるものじゃないから。気が向かない限り試すことはないと思うけど……。それでも、試してみたいのが、俺の本音だ」
 初馬は本を開きながら、そう告げた。
 白砂家には式神術が多数存在している。普通のものから他の式神使いが使わないようなものまで。しかし、実戦で使えるものは多くなく、あくまでも技術的なものだ。
 一ノ葉はジト眼で見上げてくる。
「ワシは貴様の好奇心を危険と見ている……」
「単刀直入に言おう」
 初馬は本を閉じて、快活に微笑んで見せた。
「今後お前が無意味に反抗的だったりしたら、術の実験台になってもらう」
「マッドサイエンティストの目付きだぞ、貴様……」
 一ノ葉の返事は短かった。

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