Index Top 第5話 興の無いクリスマス

エピローグ


 翌朝。
「風邪だな」
 一ノ葉の冷たい声。狐の姿で寝床に座ったまま初馬を眺めている。
 初馬は布団に潜ったまま、じっと一ノ葉を見つめ返していた。頭が痛み、喉も痛い。全身を包む倦怠感。咳も時々出る。さきほど体温を測ってみたら37.7度だった。健康に気をつけていると言っても、風邪を引く時は引く。
「苦しい……」
「昨日あれほど羽目を外せばそうなるだろう? あの後汗かいた状態でワシを撫でていたが、身体冷やすのは当然だな。身から出た錆だ、ド阿呆」
 昨日はあれからしばらく一ノ葉を撫でていた。後技というものだろうか。しばらく宥めてから式神変化を解いて寝床に寝かせ、初馬も布団に潜って眠った。
 どうもその時に身体を冷やしてしまったらしい。
 一ノ葉は寝床から出て、右前足を上げた。
「さて、ワシはこれから神社のアルバイトに行くから、早く式神変化で人に化けさせろ。
のんびりしてると遅刻してしまう」
 時計は七時を示している。一ノ葉は八時には神社に行っているので、七時半くらいまでに家を出ないといけないのだ。
 初馬は二度咳き込んでから尋ねた。
「ここで俺の看病するとか……そういう考えは?」
「無い」
 予想通りの答え。
「早くしろ」
 急かす一ノ葉。
 初馬は布団の中からのろのろと印を結んでから、一ノ葉に霊力を飛ばす。風邪で衰弱した身体には、簡単な術を使うだけでも負担がかかる。
「式神変化」
 霊力が一ノ葉の身体を一瞬で組み替える。狐の姿から長い黒髪の少女へと。昨日とほぼ同じコート姿だった。術自体は掛け慣れているので制御の失敗などはない。
 一ノ葉はぐるりと自分の身体を確認し、
「よし、ちゃんと変化できているな。さて、たまには早く行くというのもいいだろう。ワシはこれから神社に行ってくるが、貴様は大人しく寝てろよ」
 玄関へと歩きながら、一ノ葉が投げやりに行ってくる。
 力の入らない右手を持ち上げながら、初馬は声を掛けた。
「少しは労いの言葉が欲しい――」
「大丈夫だ。貴様はしぶといから、風邪くらいでは死なぬ」
 自信満々に断言してくる。
 確かに退魔師という仕事柄身体は鍛えている。あまり体調を崩すこともないし、風邪などを引いても回復は早い。だが、それでもぞんざいに扱われると寂しい。
 ふっと吐息して、一ノ葉が冷たい眼差しを向けてくる。
「どうせただの風邪だ。貴様の体力なら一日寝ていれば治るだろう。電気毛布は夕方にでも自分で買ってこい。ワシは仕事があるんでな。それに、昨日のことはワシも結構腹が立ってるので、貴様の体調の手助けはしない」
 そう言いながら、靴を履き、玄関の扉を開けた。
 冷たい風が部屋に流れ込んでくる。
 アパートを出る前に振り返り、一ノ葉がきっぱりと言ってきた。
「ま、コレに懲りたら二度とするな」
「ひどい……」
 初馬は空笑いのまま、閉じるドアを見送った。

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