Index Top ネジまくラセン!

第17話 予想外の


 リビングテーブルにうつ伏せに寝そべり、ラセンは息を吐いた。
「あー。暇だー」
 尻尾を動かしながら、窓の外に眼を向ける。
 レースのカーテン越しに見える、芝生の植えられた庭と生け垣。その向こうにはたくさんの家が並んでいる。空は青く晴れていた。もうしばらくすると雨期になって曇りや雨が増えるらしい。
「一日中家にいるのは退屈極まりない……」
 ラセンは外に出ることを禁止されている。加えて、昼間はオーキは大学に行き、家の者たちも仕事に出掛けている。クリムは家にいる事もあるし、出掛けている事もある。結婚はしているが、魔術学者の仕事も続けているようだった。
 結果、ラセンは一人で留守番である。本を読んだりして暇を潰しているが、それでも退屈であることに代わりはない。
「基幹情報の破片か」
 ラセンが視線を移す。
 テーブルに置かれた青い透明な直方体。硝子細工のような飴のような見た目である。ルクから渡された基幹情報の破片だ。
 指でそれをつきながら、ラセンは狐耳を動かす。
「しかし、どうすればいいのだ? 貰ったはいいが、使い方を聞きそびれたな。どうやったら基幹情報を取り込むことができるのだ? 口に入れればいいのか……」
 貰ったはいいが、使い方を聞いていない。
 単純に考えれば、食べればいいのだろう。
 ラセンは身体を起こし、両手で破片を持ち上げた。身体の小さなラセンにとっては、少々重い。身体が小さいためか、ラセンはあまり力がなかった。
「あぐ」
 破片の角に噛み付く。
 が、返ってきたのは硬い歯応えだった。
「硬いな」
 破片を置き、一歩下がる。
 食べるわけではないようだった。ラセン自身構造上食事をしないので、食べたものがどうなっているのか知らない。クリムの話では、多少のものなら分解してしまうらしい。もっともこの身体は謎な部分が多い。
「ふむ」
 腰を屈め、破片に手を乗せる。尻尾を左右に動かしながら。
 一辺五センチほどの直方体。透明でテーブルの木目が透けてみえている。表面はつるつるしていた。ガラスのように硬いわけではなく、微かな弾力が感じられる。
「しかしこうして眺めてみると、なんだ。そこはかとなく卑猥だ――」
 苦笑しながらラセンはそう呟いた。
 その瞬間。
 ぐにゃり。
 と、破片が崩れた。
 直方体から軟体へと。水滴のような形に変化し、跳ねた。飛沫のように広がりながら、ラセンへと飛び掛かってくる。何かを捕食するように。
「!」
 テーブルを蹴り、ラセンは後ろへと飛んだ。
 べちゃりとテーブルに落ち、再び直方体に戻る破片。
「何だ……?」
 狐耳を伏せ、ラセンは破片を凝視した。唇を舐める。背筋を撫でる旋律、今目の前で起こった事を、冷静に思い返す。いきなり襲いかかってきたルクの破片。咄嗟に逃げていなければ、どうなっていたのか。
「あの。すみまセン」
 聞こえた声に、視線を上げる。
 窓の外に一人の女が立っていた。背中の中程まで伸びた赤い髪。年齢のよく分からない容姿。半袖の白いワンピース姿で、緑色の瞳をラセンに向けている。
 ルクだった。
「お前、何しに来た……? こんなところで何をしている?」
 瞬きしながら、ラセンはルクを見る。
 感情の映らない表情で、部屋を眺めていた。家全体を示すように視線を動かす。
「いえ、ちょっトクリムさんに用事がありましテ。でも、留守のようですネ。残念でス。また来ますのデ、ワタシが来たとクリムさんに伝えておいてくださイ」
 ぺこりと一礼して、背を向ける。
 その前にラセンは声を上げた。
「待て。それより話がある」
 テーブルから飛び降り、窓の前まで走っていく。
「何でショウ?」
 ルクが振り向いてきた。
 窓の前に立ち、ラセンはテーブルの上に置いてあるルクの破片に指を向けた。
「お前がアタシに渡したあの破片。いきなり襲いかかってきたぞ! 何を企んでる? 事と次第によっては、アタシも黙ってはいないぞ?」
 威嚇するように犬歯を覗かせ、ルクを睨み付けた。
 しかし、ルクは不思議そうに瞬きをする。
「え? 襲いかかるっテ……? そういう仕組みは無イはずですけど」
 首を傾げ、そう呟く。
 嘘を言っているようには見えない。単純に驚いていた。演技ではないだろう。ルクの破片がラセンに襲いかかったのは、ルク自身全く想定外のようだった。
 ルクは部屋を眺めてから、
「ちょっとそっち行きまス」
「行くって? 鍵は閉まってるぞ」
 言っている事の意味が分からず、ラセンは首を傾げた。家の人間は全員出掛けていて、鍵は閉めてある。ラセンが鍵を開けたりしなければ、中に入る事はできないはずだ。
 しかし、ルクはあっさりと言い切る。
「ワタシ、半液体ですし。何か急用の時は入っていいって言われてマスし」
「そうか……」
 ラセンは半眼で呻いた。

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13/3/21